ワグボクで学パロ!
交際宣言
生徒会室の扉を開いた瞬間、ボクオーンの目に飛び込んできたのは頬を紅潮させたワグナスの顔だった。
閉ざされた部屋で従兄弟と抱き合い、衣服を乱しているワグナスからはかつて見たことがないほどの色気が漂い、ボクオーンは視線を逸らすことができなかった。
神聖な学舎でいかがわしいことをするなと注意することもできず、心臓がギュッと握りつぶされたような痛みが走る。ボクオーンはただ動揺して、逃げ出した。
それはボクオーンとワグナスの関係に「恋人」という名前がついてしまったからだろうか。
それとも――
「ボクオーン!」
肩を掴まれて、体を乱暴にクジンシーの方へ向けられた。
我に返り、息を呑む。
目の前には紫色の瞳を潤ませて、焦った様子でこちらを覗き込むクジンシーの姿があった。
「考えるのやめろっ。絶対に変な方向に突っ走るから」
「……あなたのような単細胞に、とやかく言われたくありません」
動揺を誤魔化すように髪を掻きながら、視線を逸らした。
生徒達が校庭に出払っている廊下は、しんと静まり返っている。
ドクドクと鼓動がやけに大きく響き、それを悟らせたくなくて、ボクオーンは乱暴にクジンシーの手を振り払った。
「あの二人が爛れた関係だったとは知らず、驚いただけです。知っていましたか?」
「俺だって知らねぇよ」
そう言いながら眉を顰めたクジンシーの瞳に怒りがこもる。
なぜ彼が怒りを露わにするかの理由が分からず、ボクオーンは首を傾げた。
不意に、廊下を歩く足音が響いた。一つではなく複数だ。
ボクオーンはクジンシーを下がらせ、目つきを鋭くして足音のする方を見据えた。競技中は原則として校舎への立ち入りは禁止されているのに、誰が。
階段の方から現れたのは三人の女生徒だった。体操服の襟が赤色なので三年生だ。しかも素行の悪さで知られる顔ぶれではないか。
彼女達もボクオーンに気付き、動揺して足を止めた。
「競技中は立ち入り禁止のはずですが、何のご用で?」
女生徒達が気まずそうに互いに視線を交わし合う。このまま引いてくれれば良いのだが、とその様子を見守る。
するとその中の一人が前に進み出て間近に迫ってきた。
ボクオーンは舌打ちするのを堪えながら手を後ろで組んだ。
「それよりあんた、借り物競走のあんなふざけた告白で、本当に学校の王子様と付き合うつもりじゃないでしょうね?」
あれはスービエの策略だ。ボクオーンに文句を言われても困ると、うっかりため息をついてしまった。すると馬鹿にされたと感じたのか、女生徒の眉が吊り上がる。
「ワグナス様はみんなの王子様よっ。抜け駆けは許されないわ」
ボクオーンはワグナスのファンクラブ会員ではないので、抜け駆けも何もないだろうに。
「文句はスービエに言ってください」
肩を掴まれ、香水の甘ったるい香りが鼻をつく。不快に顰め面を作りながら、止めるために動こうとしたクジンシーに目配せを送って制した。相手は一応女性だ。不用意に触れれば何を言われるか。
「付き合ってないって言いなさい!」
先ほどワグナスに別れを告げたばかりなのに、肯定するのは嫌だという感情が先立ち、口をつぐむ。だが、その理由は深掘りしてはいけないと心が警鐘を鳴らしたので、目の前の問題を片付ける方に思考を切り替える。
この手のタイプに理詰めの言葉を投げたところで逆上されるだけだし、機嫌を取るのはプライドが許さない。
ならば、話題を変えることにしようか。彼女達の悪い噂はいくつか手札にある。それこそ停学になりそうなネタも。脅しにならない程度に揺さぶってやろう。
その思考が表情に現れる。口元は薄く弧を描き、細められた瞳の奥には獲物を値踏みするような鋭い輝きが宿った。
女生徒が青ざめ、あとずさる。同時にクジンシーからもひぃっと情けない悲鳴が漏れた。
「待て」
その時、凛とした声が廊下に響いた。
廊下を歩いて来るのはワグナスだった。眉間に皺を寄せた険しい顔で、ボクオーンの腕を引いて抱きしめるようにして庇い、両者の間に入った。
体を包む温もりを感じて体が震える。胸が落ち着かなくざわめき、顔に熱が上がってくる。
女生徒達は自分達が逆境に立たされていることにも気付かず、学校の王子様の登場に色めき立っていた。
「あの、ワグナス君……」
「私とボクオーンは交際している。彼に危害を加えるつもりならば私が相手になるが、良いか?」
ボクオーンに絡んでいた女生徒は顔面を蒼白にさせ、首と手を振りながら後ずさった。
「う、うちら、二人のこと祝福してるから。じゃ、じゃあ、お幸せに!」
ひとかけらも心がこもっていないセリフを言い捨てて、女生徒達は撤退していった。
ワグナスが呆れたように息を吐く。
彼女達の気配がなくなると、肩を押されて顔を覗き込まれた。
「君が悪者になる必要はない。このようなことはもうやめてくれ」
合わせられたグレーの瞳が無力感に苛まれたような悲しみの色を含んでいたので、ボクオーンは素直に頷いた。
「……ですが、交際宣言をしてしまってよかったのですか? スービエとそういう仲なのではないのですか……」
「それは勘違いだ! 先ほどは少し揉めていただけで、やましいことは何もない。だから、君さえ良ければ交際を続けてくれないだろうか」
真摯な瞳で見つめられる。
この体育祭は生徒会長に就任した直後の大切な行事だ。そこで交際宣言をしてすぐに破局となっては、生徒会長としての信頼を損ないかねない。さらに、先ほどのような女生徒達の厄介払いにもちょうど良いかもしれない。
「ワグナスがその方がいいのでしたら」
受け入れると、彼の顔がぱあっと明るく輝いた。彼のこんな表情は見たことがない。どきりと心臓が大きく脈を打ち、驚いて固まっていると、手を握りしめられた。
「ああ、もちろんだ、ありがとう。よろしく頼む」
頭も体も固まったまま、どうすればいいのか分からず立ち尽くしていた。
校庭から「体育祭実行委員はテントに集合」という放送が響いてくる。
「む。急ごう」
ワグナスに手を引かれて歩き出す。
どうにも困って、近くにいたクジンシーを見ると、彼はなんとも言えぬような難しい顔をしていた。
それはなぜだろうと考える余裕もなく、ボクオーンは高鳴る鼓動に戸惑いながら校庭へと向かっていった。