ワグボクで学パロ!
クリスマス4
正直を言えば、プラネタリウムでの記憶はボクオーンの唇の柔らかさばかりだった。
自分の唇の感触とは異なり、とても柔らかく、張りがあった。
いつぞやの失敗があるので、口付けをするまでには、恋人としてそれなりに実績を積まなければならないと思っていたが、ボクオーンはどういうつもりなのだろうか――。
ボクオーンは普段、感情が顔に出るタイプではない。だが今日は目を輝かせたり、頬を朱に染めて照れてみたりと、色々な表情を見せている。楽しんでくれているのだと思うと、とてもうれしく思えた。
プラネタリウムの物販で書籍とお揃いの星座盤のキーホルダーを買い、地元の駅に戻る頃には日が暮れ、空は濃紺に染まっていた。
駅前の広場から商店街には光の道ができていた。
色とりどりの電飾が織りなす世界は幽玄で、まるで別の世界にでも紛れ込んでしまったような錯覚を覚える。
「美しいですね」
ボクオーンは広場の中央の巨大なクリスマスツリーを模したイルミネーションを見上げていた。音楽に合わせて姿を変える光が金色の瞳に反射し、星屑が瞬くように揺らめいた。
その横顔があまりにも美しくて、ワグナスのため息にも似た声で言葉を零した。
「綺麗だ」
滑るように口から出た言葉に、ボクオーンの金色の瞳がゆっくりとワグナスを向いた。喜びと困惑が入り混ざったように、眉根が下がる。
「ベタベタですね」
「な、何がだ!?」
「いや、こんなに美しい景色を前にして、私のことを「綺麗だ」なんて言うのは、恋愛映画なんかでよくあるシチュエーションじゃないですか」
「そんな計算をしたつもりはなく、本心から君が綺麗だと思っただけだが……」
とはいえ指摘されると恥ずかしくなり、ワグナスは口元を押さえて視線を泳がせた。
ボクオーンは硬直し、まじまじとワグナスのことを見上げていた。その頬がみるみる染まり、イルミネーションの明かりを持ってしても隠し切れないほどの朱を帯びた。
ボクオーンは逃げるように歩き出した。
商店街に続く道の両側に、緑色の電飾が風に揺れる草木のように揺らめいていた。
ワグナスは、その幻想的な光に溶けてボクオーンがさらわれてしまいそうな気持ちになって、彼のことを追いかけた。そして、振り向く間も与えずにその細い体をきつく抱き寄せた。
道ゆく人々が何事だと振り返るが、構っていられなかった。
「ワグナス……?」
戸惑うようなボクオーンに名を呼ばれる。
彼の肩に顔を埋めていると、宥めるように頭を撫でられた。
「少し、場所を変えましょうか」
苦笑まじりの声が聞こえ、ワグナスは素直に頷いた。
サンドイッチチェーン店でセットメニューをテイクアウトし、二人はイルミネーションを眼下に臨むことができる公園へ移動した。
知る人ぞ知る穴場スポットで、周りには寄り添い合うカップルらしき人影もちらほらとある。
「たまに拭いきれない焦燥に駆られることがあるのだ。今の幸せが指の間から溢れていくような……」
ローストビーフサンドを齧りながら、ぽつりぽつりと話し出す。
時折相槌を打ちながら、ボクオーンは話に耳を傾けてくれた。
友と共にあることにひどく安堵を覚えている一方で、自分のせいでその大切な人達を失ってしまうのではないかという恐れが、胸の奥深くに潜み続けている。
「君に対しても、君が求めるものに返せているのか、不安になることがある。……自分の行動のせいで、君の心が離れて見放されてしまうのではないかと」
「恋愛をしていると相手からの反応に過剰に不安になることはありますよね。それについては、私も反省しています」
「そうではなく。……もっとリアルに、過去の出来事として『憶えている』ような……」
ふぅんと頷いて、ボクオーンは考えるように空を仰いだ。
しばし考え込んでいたその唇から、「前世……」という単語が囁かれ、ワグナスは瞬きをした。
「その感覚は、少しわかりますよ。……例えば前世とかいうものがあるのなら、私たちはその頃からの旧知の仲だったのかもしれませんよ」
「前世……か」
それは突飛もない仮説だ。
「前世から恋人同士だった。……なんて、少しロマンチックじゃありませんか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるボクオーンに、ワグナスもつられて微笑む。
「運命論か。それも面白いな」
「ふふ。けれど私は、そんな運命なんて曖昧な概念で愛を語られるよりも、今を見てほしいです。そしてもっと理論的な言葉を紡がれる方が心に響きますよ」
えびアボカドサンドを頬張りながら告げるボクオーンに、ワグナスは堪えきれずに声を上げて笑った。
「君らしい。いつか、君の魅力をレポートにまとめて提出しよう」
食事の後はプラネタリウムの話をしながら、空を見上げた。
地上が明るいから空の星はほとんど見えない。
だが二人はオリオン座の明るい星を見つけ、キーホルダーの小さな星座盤を覗き込みながら顔を寄せ合った。
自然と笑みが溢れた。
穏やかで、とても幸せな時間だった。
星を見るのにも飽きて、寄り添いながら朧げに揺らめくイルミネーションを眺めていると、凍えるような冷たい風が吹き抜けた。
思わずくしゃみが漏れる。
名残惜しいが、そろそろ帰ることを提案しようとしたその時、首元を温かくて柔らかい感触が覆った。
白いマフラーだった。ボクオーンが手で持つ部分には、黄色で蝶の模様がある。
「メリークリスマス。クリスマスプレゼントですので、もらってください」
マフラーをかけられた体勢のまま、逃げ場のない距離で彼を見つめた。
意識下にないところで、右手が伸びて彼の頬に触れる。冷えた頬を温めるように何度か撫でた。
「……君にキスがしたいと思う。構わないか?」
触れられるままのボクオーンは、ワグナスの手のひらに甘えるようにするりと頬を寄せ、愛おしさに溢れた甘い笑みを浮かべて、目を伏せた。
ゆっくりと距離が縮まり、唇が重なる。
今度は軽く触れるだけの接触ではなく、もっと質量が伴った口付けだった。ボクオーンの唇の甘い弾力がワグナスを遠ざけようとするのを許さぬとばかりに、強く押し付ける。
息を吸うために距離を開けると、ボクオーンの腕が首に回され、引き寄せられた。角度を変えてより深く唇を合わせてきた。
ボクオーンの唇の柔らかさと、驚くほどの熱が伝わってくる。
耳元で心臓の鳴る音がうるさく響く。
やがて、唇にヒヤリとした冷気が触れた。吐息が触れ合うほどの至近距離で見つめ合い、互いに照れくさそうに微笑み合う。
「君は、衝動的な行為を嫌うだろう? それでも君を求めたくなってしまう」
「確かに、以前は理性を飛ばす恋心は忌避すべきものだと思っていました。だけど、あなたが相手では理性なんて保てません。むしろ、もっと本能のままに求めて欲しいです」
「君が許してくれるのなら」
告げて、もう一度優しく慈しむように唇を重ねる。
ボクオーンは機嫌が良さそうに口元を緩めて、甘えるように抱きついてきた。その腕に感じる体重を受け止めて、ワグナスは腕に力を込めた。
冷たい風が体を打つ。
けれど燃えたぎる心の熱量が伝わり合い、二人の間に寒さは感じられなかった。
「次は、もっとすごいのを教えてあげますね」
「これ以上にすごいものがあるのか⁉︎」
驚くワグナスの顔を見て、ボクオーンは朗らかに声を上げて笑った。
その笑顔が眼下で輝く灯りよりも眩しくて、楽しげな声が胸の奥深くに染み渡った。
25/25ページ