ワグボクで学パロ!

後夜祭


 フォークダンスの調べが風に乗って、生徒会室にまで届いてきた。
 机に向かって記録をまとめていたボクオーンは席を立ち、窓から校庭を見下ろした。
 夜の帳がおりた空の下、さまざまな色でライトアップされた校庭では生徒達が手を取ってオクラホマミキサーを踊っている。これを担当したのは誰だったか。随分と古風なチョイスだと口元に笑みを浮かべた。
 生徒達が密集している中で、ワグナスの姿はすぐに見つけることができた。
 ワグナスは、ロックブーケと手を取り合って踊っている。ちりちりと胸を焦がすような不快感が込み上げてきて、ボクオーンはそっと窓から離れた。

 書き物に集中している間に、流れて来る音楽がダンス部のうるさい曲に変わっていた。ところどころで湧き上がる歓声に、近隣の住民から苦情が来ないことを願った。
 音を立てて、生徒会室の引き戸が開いた。
 顔を上げると、廊下から差し込む光の前にワグナスが立っている。
「こんなところにいたのか。君も楽しめば良いのに」
 苦笑まじりに告げながら、彼は中に入ってきた。
 外から目立たせないため、生徒会室の電灯はボクオーンの真上だけつけていた。薄暗い部屋に二人きり。わけもなく鼓動が早まり、ボクオーンもまた苦笑を浮かべた。
「少し話をする時間をいただいても?」
「ああ、構わないよ」
 ワグナスは椅子を一つ持ってボクオーンの机の前に座った。
 面談のようでおかしくて、ボクオーンは堪えきれずに吹き出した。――ああ、そうだ。とても愉快でたまらない。この一ヶ月の出来事が、すべて。
 ワグナスは困惑したように瞳を揺らした。
 その表情に緊張が含まれているのに気付き、ボクオーンは唇を歪めた。
「……ワグナス、私は怒っています」
 じっと瞳を見つめ、低く告げる。
「……そうか」
 ワグナスの眉間に微かに皺が寄った。何かを言いかけ、しかし飲み込み、目を伏せた。
 彼はそっと息を吐いた。やがて顔を上げた時、その瞳には強い光が宿っていた。彼のまとう空気は、雲ひとつない雄大な空のように穏やかで澄んでいた。ボクオーンの怒りを正当なものと認めて受け入れようとしている。
 ちくちくと嫌味を言おうと思っていたが、気がそがれた。
「あなたが私を無視して、一人でファンクラブ解散に動いていたことが、悔しくて仕方がありません」
「そうだな。君が不快に思うことは承知していた。だが、今回の君は被害者だったから、守りたいと思った。……それから今まで、君だけの手を煩わせてしまって、すまなかった」
 深く頭を下げるワグナスを見て、ボクオーンは唇を噛んだ。
「私が怒っているのは、あなたに対等な関係でいたいと言われてとても嬉しかったのに、その気持ちを踏み躙られたからです」
 ワグナスの肩が揺れる。ゆっくりと上がった彼の瞳は見開かれていた。ボクオーンの言葉の真意を探ろうとするように、じっと見つめられる。 
「あなたはあなたの信念に従った。多分、それに後悔はないのでしょう。それで、私が離れていくことになったとしても、同じことが言えますか?」
 ワグナスの瞳が揺れ、息を呑む。
 その動揺を満足げに眺め、ボクオーンは口元に笑みを浮かべた。
 ボクオーンはワグナスの横に立った。ワグナスは座ったまま、まっすぐにこちらを見上げてくる。
 その頬に触れた。
 外にいたせいか、ひんやりと冷えた熱が伝わってくる。まるで心の温度のように思えて、負けじと視線を冷たくして睨んでやる。
「惨めったらしく這いつくばって、土下座をしながら泣いて縋り付くほどの情熱はありませんか?」
 ワグナスは苦笑しながら立ち上がった。椅子を横に避けた時の床を引っ掻く音が、やけに大きく耳に響いた。
 ボクオーンは、目前に膝をつくワグナスを信じられないものを見るように見つめた。
「何で……」
「対等であることを願ったのは私だ。それなのに、私は君の期待を裏切って独善に走った。それは謝罪すべきことだ」
 下げられるワグナスの頭を、ボクオーンは慌てて抱きしめた。 
 他人を跪かせて自分の意のままに操りたい願望はある。だが、今見下ろすこの男だけは、誇り高いままで、自分の手のひらの上なんかに収まってほしくない。
「蔑ろにされたことは腹が立ってます。でも、あなたが跪く姿なんて、見たくない」
 ワグナスが笑うのに合わせて、肩が揺れた。
「君が土下座しろと言ったのだろう」
「本心ではないと、分かって言っていますね……高潔で誇り高い英雄のように、皆の先頭に立ち導くあなたを見ていたい。だけど、私なしで生きてはいけないくらい夢中にさせて、私だけを見てくれればいいのにとも思います。非常に面倒くさいんですよ、私は」
 こちらを見上げてきたワグナスの、その上目遣いの顔が色を含んでいて、鼓動が高鳴る。
「生徒会長としての立場もあるので、君だけを見つめることはできない。それでも、私は君とともにいたいと願うし、二人きりの時は精一杯の愛を伝えたいと思っている。……好きだよ」
 外の空気で冷えていたはずの彼の体から、じんわりと熱が伝わってくる。激しく燃え上がる恋の炎の温度ではなく、静かに燃え続ける暖炉のような心地よいもの。愛おしさが胸に沁みて、これが探していたピースのひとつだったのかと思うほどにしっくりと組み合わさった。
「私も……あなたのことが好きです」
 その言葉は口からするりと滑り落ちてきた。
 その言葉に一番驚いたのは他ならぬボクオーンだった。
 うん、とワグナスも穏やかに頷き返してくる。
 文句をはじめとして言いたいことはたくさんあった。それでも、好きという一言を伝えただけで、それ以外はもうどうでも良くなっていた。
 音楽が止み、外から歓声が上がった。
 ダンス部のステージが終わったのだろう。
 羽目を外した誰かが照明を無造作に振り回しているようで、その光が生徒会室を流れては消えていく。その度に二人の影が一つになって壁に映った。
 外の賑わいとは切り離された静寂の中で、ボクオーンは静かに目を閉じた。
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