ワグボクで学パロ!
目覚めのあとで
ワグナスファンクラブの解散宣言は、学校中を揺るがせた。
一晩明けてもその余波は収まらず、皆の話題の中心になっていた。
そして、荒ぶっているのはボクオーンの心の中も同じだった。
もともと、あの団体はワグナスの名を勝手に使って生徒達が作ったものだ。公認でなく、教師からも黙認されていたに過ぎないが、ワグナスは自らの名を冠する以上はと、その不始末の責任を引き取ってしまった。
ファンクラブの解散という憎まれ役も、その暴走による不始末の責任も、全部自分が引き受けるつもりだったのに――
不意に、対等でありたいと願った彼の顔が思い浮かび、ボクオーンは拳を握りしめた。
今回彼が動いたのは、ボクオーンが自らを餌にした行為が看過できなかったからだろう。
決意をしたところまではいい。覚悟は十分に伝わった。――だが、その後の対応には正直腹が立っている。対等を望むのであればなぜボクオーンに隠し、協力せずに解決に当たったのだ。遠ざけることがお前の望む対等なのかと、声を大にして問いたい。
さらに、自分以外の者にサポートをさせたことが、許し難い裏切りだ。そもそも、あの資料はボクオーンがまとめて教師に渡していたものだ。本当に悔しくて仕方がない。
人に恋心を自覚させておいて、早速怒らせるとは良い度胸をしている。
自分が執着をすると面倒だぞ。強欲で嫉妬深いから、誰にも指一本たりとも触れさせないぞ。ワグナスの心を籠絡させて、自分なしでは生きられないようにしてやるつもりだが、本当にその覚悟はあるんだろうな。
「ボクオーン、もうすぐ出番だけど大丈夫か? なんか、怖い顔してるけど……」
クジンシーに声をかけられて、ボクオーンは思考を中断した。
舞台袖で待つうちに、怒りで煮えたぎる胸の内が顔にも現れてしまっていたようだ。
クジンシーに一瞥をくれた後、ボクオーンはオレンジ色のスポットライトの下で歌うロックブーケを見つめた。場面は王子と魔女の対決シーンだ。これが終わればいよいよクライマックスのシーンが始まる。
「……文化祭が終わったら、本当にワグナスと別れるつもりなのか?」
「舞台に集中している時に、そんなくだらないことに答える必要がありますか?」
冷たく告げると、クジンシーはその迫力にたじろぐように唾を飲み込んだ。
さあ、出番がやってきた。
「悔しいので、別れるのはやめます」
吐き捨てるように告げた言葉を拾ったクジンシーが目を見開く。
だがそれを確認することなく、ボクオーンは舞台に出た。
造花が敷き詰められたベッドに横たわる。スポットライトがワグナスを照らし、真っすぐに近づいてきた。
だいぶ削ったはずなのに、まだまだ長い愛のセリフが、ワグナスの情熱を乗せて朗々と語られる。
腹が立っているのに、彼の口から紡がれる愛の言葉に、胸がくすぐったくなる。本当に苛立つ。だけどその感情の乱れも、きっと恋の醍醐味なのだろう。悪趣味なことに。
顔を寄せてきたワグナスの黒い髪が、ボクオーンの頬をくすぐった。
目を開くと、光粒を纏って、光輪を背負ったかのように神々しく輝くワグナスがいた。
真摯にこちらを見つめるひたむきな表情が心を打つ。
ボクオーンが体を起こすと、ワグナスは静かに跪き、手の甲にそっと唇を落とした。
上目遣いに見上げてくる瞳が熱を帯びる。それと同じ熱量を返すと、予想外の反応に怯んだワグナスが動きを止めた。
じっと見つめ合う。
張り詰めた空気を引き裂いたのは、瞳に宿る熱とは真逆の落ち着いたワグナスの声だ。
「愛しています。……どうかこの先の人生を共に生きてください」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
台本の内容が全部、綺麗さっぱりと吹き飛んでいった。
芝居だとわかっているのに、愛の告白に胸がときめく。
自分ばかりがドキドキするのは不公平ではないか。同じ気持ちを味わわせてやる。
ボクオーンは目を細めて艶やかに微笑み、そっと手を伸ばした。
ワグナスが息を呑む。目を見開いて、ボクオーンを射抜くように凝視していた。
その指先でワグナスの頬をなぞると、ぴくりとワグナスの体が震えた。
ステージの上は沈黙したまま。観客達も固唾を飲んで二人のことを見守っていた。
ボクオーンの指がワグナスの唇に触れる。
ふふっと甘い吐息と共に微笑み、ボクオーンはゆっくりと顔を近づけ、彼の唇を塞いだ。
目を見開いて呆然とするワグナスに微笑みを送り、色を含んだ声で告げる。
「私も愛しています。これから先、ずっとともに生きていきましょう」
それは台本通りのセリフだったはずだ。
だがワグナスにはボクオーン自身の、偽りない言葉だと伝わったようだった。
嬉しそうに微笑んだ彼はボクオーンを抱きしめた。その温もりと力強さが全身に熱を伝え、無意識のうちに抱きしめ返した。それに応えるように、ワグナスの包容の力も強くなる。
こんなシーンは台本にはない。本来ならばここで手を取り合ってステージの中央で歌を披露する場面だ。
だが離れがたくて二人は抱きしめ合ったままだった。
客席から拍手が沸き起こり、やがて二人を祝福するように大きく鳴り響いた。
――その音で我に返り、ボクオーンは笑いながら、そっとワグナスの耳元で囁いた。
「そういえば劇の最中でしたね。……参りましょうか」
瞬きをして、頷きながら微笑んだワグナスがボクオーンの手を取る。
その手に導かれて、二人は舞台の中央に歩き出した。