ワグボクで学パロ!

眠り姫の目覚め


 図書室の一件から、ワグナスがボクオーンの傍から離れなくなった。
 登下校だけではなく、休み時間も放課後もだ。部活にも文化祭の準備にも支障が出ると説き伏せようとしたが、頑として譲らなかった。
 ワグナスは一度決めたらそれを貫き通す意思の強さがあることは知っている。だが、少し過保護すぎないだろうか。
「あいつは怒ってんだよ」
 ワグナスはこの休み時間に教室の移動があるようで、代理で遣わされたスービエが言った。
「……そうでしょうね。一人で処理しきれず、結局はワグナスの手を煩わせて……いたっ」
 額を中指で弾かれて、思わず悲鳴を上げた。
 はぁ、とスービエは呆れたようにため息をついて、ボクオーンの机を足で蹴飛ばした。
「無理をしたお前にもだけど、それよりも自分に対して怒ってるんだよ」
 ボクオーンが口を開こうとした時、始業の鐘の音が響く。じゃあなと軽く告げて去っていくスービエのことを見送った。
 ――ワグナスが自分を責める必要なんてないのに。
 自分を囮にしてファンクラブの解散を企てていたのは、ボクオーンの勝手なのだ。
 だが不意に、ボクオーンと対等でいたいと訴えた、ワグナスの怒った顔を思い出す。
 彼のために動いていたのは、結局は自分の目的を果たすためだ。だけど、自分が彼の信頼を勝ち取るには正攻法だけでは足りず、彼が願う以上の成果を上げる必要があった。そうでないと、すでにワグナスの横に立っているノエルやスービエに遅れをとることになり、自分の価値を示すことができないと思っていた。
 だからあの言葉は胸に響いた。
 そして、今までの自分が少しだけ報われた気がした。
 

 文化祭での生徒会の出し物は『眠れる森の美女』の劇に決まった。
 主演はボクオーン、王子様役はワグナス、提案、脚本、監督がロックブーケだ。
 ロックブーケが主演の方が集客力があるとボクオーンは訴えたが、却下された。
「私は魔女役でボクオーンをネチネチといじめますの。歌とダンスを披露するので、寝ているだけのあなたよりも目立ちますわ」
 音楽は吹奏楽部の生演奏、踊りはダンス部にも協力を要請して、とロックブーケの企画力が光る。
 いつの間にそんな段取りをしていたのかと驚くボクオーンを見やり、彼女はふふんと得意げに微笑んだ。
 そして劇の主要な役を演じる生徒会メンバーで台本の読み合わせが始まった。
 この劇の見どころは冒頭にある生演奏によるダンスと、中盤の王子の戦い、そして王子と姫のロマンスにある。
 台本読みは滞りなく進み、残るはラストの王子の告白シーンだ。
「ああ、なんて美しい人なんだ。この静謐な光はまるで夜空に輝く星の瞬きのようだ。長い眠りについてなお衰えることもなく、その姿は私が理想とする美の全てを体現している。この世のどんな宝であろうと、君の魂の輝きには叶うまい。私の人生は今日のこの日、君に愛を捧げるためにあったのだろう。そして……まだ続くのだが、ちょっと長すぎないか?」
 ワグナスが不満を漏らした。それについてはボクオーンも同意見だ。
 隣でうっとりと聞いていたロックブーケは「王子様からの賛辞は永遠に聴いていたいです」と反論したが、彼女以外の満場一致でこの部分は書き直しになった。
 そしてキスシーンを挟んで姫が目覚め、王子が結婚を申し込むシーンへと移る。
 ワグナスは口を開いたが、そこで動きを止めた。
 怪訝に思ったボクオーンが台本からワグナスへと視線を移すと、彼は頬を染めて口元を押さえていた。
 ――あ、照れてる。
 そわそわとした様子のワグナスのことを、ボクオーンは瞬きをしながら見つめた。
 やがてワグナスがボクオーンへと視線をやる。
 これは台本の読み合わせだ。身振りを加える必要はないのに、彼は熱に浮かされたような情感のこもった潤んだ瞳をボクオーンに向けていた。
「愛しています。……どうかこの先の人生を共に生きてください」
 体がふるりと震えて、ボクオーンの思考は固まった。
 そのくせ、鼓動はどきどき騒ぎ出して、息苦しくなってくる。
「ワグナス様の愛してる、もらいましたわー」
 ロックブーケをはじめとした女性陣が興奮する中、ボクオーンとワグナスは時が止まったかのように見つめ合っていた。
 感情が全く制御できなかった。
 ワグナスへの気持ちが溢れて止まらなくて、どうすれば良いのかわからなくて――。ただ、それが不快ではないことに戸惑いを感じる。
 パァンと甲高い音が生徒会室に響いた。
 ボクオーンは後頭部に受けた衝撃に椅子からずり落ちそうになった。恨みがましげな視線を背後に向けると、そこには台本を丸めたロックブーケが立っていた。
「セリフが抜けていますわよ。ちゃんと真面目に練習をしてくださいまし。寝ぼけているのでしたら、顔を洗ってきなさいな」
 普段であれば、先輩に向かってなんて口の聞き方だと怒るところだが、ボクオーンは素直に立ち上がって廊下に向かった。
 頭の中からはワグナスの顔が消えない。
「……くそっ」
 忌々しげに吐き捨てて、蛇口を捻った。勢いよく流れ出す水流が、垂れ流しになっているボクオーンの感情のようだ。
 ――こんなの、ワグナスのことを好きだと認めるしかないじゃないか。
 ぐっと唇を噛み締めて、ボクオーンは流れ出る水に頭を突っ込んだ。
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