ワグボクで学パロ!
届かぬ想い
文化祭実行委員は生徒会を中心に、運動部・文化部の部長と各クラスの代表で構成される。そしてその責任者は、生徒会長であるワグナスだ。
プログラムの組み立て、会場の割り当て、各種届出書の処理。文化祭実行委員がやらねばならないことはたくさんある。
行事があると張り切るボクオーンは各種草案を作り、副会長達とどこかへと消えてしまった。
その代わりに、ワグナスの机の向こう側には馴染みの顔が揃っていた。
「なぜお前達がここにいるのだ?」
承認のために細かい文字を追っていたワグナスは、眉間に皺を寄せながら目頭を揉んだ。
「俺、水泳部代表。従兄弟の立場を最大限に生かした場所取りをしてこいという任務を受けて、派遣された」
と笑顔でスービエが告げるが、身内だからと贔屓はしない。
「俺は剣道部部長という立場だ」
「俺はレスリング部部長だな」
ノエルとダンターグがいることには異論はない。できれば働いてほしいが。
「俺は……特に何もないっ!」
クジンシーは本当に何をしに来ているのだと、問いたい気持ちでいっぱいだった。
日の入りも早くなり世界が薄暗くなった中、生徒会室は蛍光灯の無機質な光に照らされていた。
手にしていたペンを置き、ワグナスは机の向こう側にいる一同を見つめた。
「話は何だ?」
皆は顔を見合わせ、代表をしてノエルが口を開く。
ノエルはボクオーンが嫌がらせを受けていると報告をしてきた。
胸に強い怒りが湧いてくる。嫌がらせの事実はすでに知っていたが、何度聞いても不快だ。それを隠すように目を伏せ、心を穏やかに保つよう努めた。
先日、教師からボクオーンが嫌がらせを受けていることと、彼がそれをワグナスに隠したがっていることを知らされた。
教師に頼み込み、教師と加害者の話を隣の部屋で聞かせてもらったが、彼女達の言い分はとても身勝手で、思い返すだけでも腹が立ってくるものばかりだった。
成績を落とした彼ではワグナスに相応しくない。
悪評がある彼と交際をすることで生徒会長の品位が落ちる。
彼が自分の目的のために生徒会を利用している。
何の根拠もない、ボクオーンを陥れたいだけの詭弁だ。何度部屋に飛び込んで糾弾してやろうと思ったか分からない。人を、ましてや女性を殴りたいなんて思ったのは生まれて初めてだった。
それを押し留めたのは、ボクオーンが内密に動いていたからだ。彼がそう決めたのだから、今はその気持ちを尊重すべきと思った。
「それについては解決済みだ。加害者には教師から注意をしてもらったし、それ以降は私もそばにいるようにしているので、嫌がらせは発生していない」
話は終わったとばかりに書類に視線を戻すと、ドンっと大きな音を立てて机が叩かれた。
顔を上げる。
目前には眉を吊り上げたクジンシーがいた。彼は伝わらないもどかしさを示すように頭を振り、もう一度机を叩いた。その背後にいる友人達も責めるような、呆れるような顔をしている。
「今は文化祭に向けての作業が最優先だ。公私混同はボクオーンが最も嫌うところだ。話なら後で聞く」
「この先嫌われることなんてどうでもよくね? 今の時点で見捨てられかけてるから、なんとかしろって話だぜ」
ため息混じりのスービエの言葉に、ペンを握った手に力が入る。
「私は何をすれば良いのだ。私が事態の収拾に動くことを、ボクオーンは嫌がっているのだ」
「壊れてからじゃ遅いからなっ!」
興奮したクジンシーが掴みかからんばかりの勢いで怒鳴る。
彼は本気で怒っている。
その気迫に飲まれて思わず息を呑んだ。
廊下を走る足音が近づいてきて、生徒会室を通り過ぎていった。遠ざかる足音が耳に残る。
「お前はボクオーンに好きだと伝えていないのだろう? まずはそれを伝えてみればどうだ?」
ノエルの言葉に記憶を掘り返す。好きと伝えていなかったかと考え、確かに体育祭の借り物競走でしか言っていなかったことに気付いた。
「劇でみんなの前で公開告白でもしてみせろよ」
頭の後ろで腕を組んで、軽くスービエが告げる。
適当なことをと睨みつけるが、彼の背後に立つダンターグが深刻な顔をしていたのに気付いた。
「ボクオーンの心の壁をぶち壊すくらいに、強烈な愛をぶちかましてこい」
いつもは関心がなさそうな彼までもが、ワグナスに動けと訴えていた。
ひやりと冷たい汗が背中を伝う。
その時、音を立てて扉が開いた。
どきりと鼓動が高鳴り、やましいことをしているわけでもないのに背筋を伸ばした。
西陽の差す廊下から伸びた影が蛍光灯の灯りの下で徐々にぼやけていく。その先に立っていたのは、ロックブーケだった。
「皆さんお揃いで何をしていますの? ワグナス様を困らせないでください。ほら、忙しいのですから、解散して」
彼女の言葉で、その場は解散となった。
ワグナスは情けないことに、彼女の登場に救われたと思ってしまった。
日が沈み、暗くなった道をワグナスはボクオーンと並んで歩いていた。
最近彼との会話は文化祭についての業務的なことばかりだ。
嫌がらせの件について問い詰めたい。そうは思うものの、その行為は彼の矜持を傷つけそうで、躊躇われた。
話をしながら、ワグナスは手を伸ばした。
ボクオーンのひんやりとした指先に触れると、逃れるように手がすり抜けていく。
ワグナス達の歩く道を照らす古びた街灯は、残像を撒き散らすようにチリチリと小刻みに点滅していた。風前の灯のように最後の力を振り絞った光がワグナスの網膜に焼き付く。
あの時のキスが悪かったのか、と悔やむ気持ちが膨れ上がる。彼の信頼を裏切った結果が、今のこの距離なのだろうか。
どうすれば、元に戻れるのだろう。
「好きだよ、ボクオーン」
縋るように出たその言葉。
ボクオーンは緩やかに顔を上げる。
ふっと消えた電灯がボクオーンの表情を隠した。闇が全てを覆い隠す。そして光が戻った後、照らされた彼は微笑んでいた。作り物の、美しい笑みを――。
「そうですか。ありがとうございます」
その声音はとても穏やかで優しかった。それがかえってワグナスの胸を切り裂いた。
ボクオーンはワグナスの心からの言葉を、平坦に、事務的な応答のように処理をした。
彼にはもう自分の言葉は届かないのだろうか。
込み上がってきたものを飲み込むように、ワグナスは奥歯を噛み締めた。