ワグボクで学パロ!

信頼の壁


 中間試験が近づいてきた。
 普段は人もまばらな自習室や図書室の机は人で埋まり、学生達が必死で勉強をする様はいっそ滑稽なほどだった。
 ボクオーンもワグナスも普段から予習復習を欠かずに学習内容を定着させているため、テスト対策として特別に勉強をする必要はない。せいぜい試験範囲をもう一度さらう程度だ。
 ボクオーン達は一緒に勉強をしようとしたが、場所がないので自宅の最寄りの駅まで戻ってきた。
「今日はこのまま解散にしますか?」
 それぞれの家へ帰る分かれ道で、ボクオーンはワグナスに問いかけた。
 西陽がさす住宅街で二人は立ち止まる。重なった二人の影が長く伸びた。
 ワグナスは悩むように腕を組んでいる。
「時間はあるので、少しテスト傾向について意見を交わしてみるのはどうだ?」
 ボクオーンは瞬きをした。
 傾向以前に、自分とワグナスならばどんな問題にも対応できるはずだ。だが、この慎重さが自分と主席争いをする者の気構えなのだろう。さすがはワグナスだ。心から尊敬する。
「では、私の家に行きましょうか」
 毎回試験前は皆が教科書片手に押しかけてくるし、両親が共働きで不在なので邪魔が入らずに集中できる。そう思っての提案だったが、ワグナスは目に見えてうろたえ始めた。
「そ、それはよくないのではないか?」
「なぜですか?」
 ワグナスは瞳をうろうろと彷徨わせる。
「嫌でしたら、近くのファストフード店に行きましょうか」
 長時間滞在しての勉強は嫌な顔をされるが、話だけならば問題はないだろう。
「い、いや。お邪魔させていただこう」
 ワグナスは口元に手を当てて視線を逸らした。その頬が夕陽に照らされて赤く染まっている。照れているみたいだなとボクオーンは微笑み、「行きましょう」と告げて歩き出した。

 到着したのは緑の屋根の平凡な木造二階建ての家だ。少し肌寒かった外から室内に入ると、こもった熱気が肌に纏わりついてきた。
 ワグナスが額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。
「お、お邪魔します……」
「はい、どうぞ。少し散らかっていますが、私の部屋に行きましょうか」
 靴を脱ぎながら告げると、ワグナスの体がびくりと震えた。
 ボクオーンの家に来るのは初めてでもあるまいに、緊張している様子のワグナスは右手と右足を同時に出して、ぎこちなく歩いている。とって食ったりしないのに――とボクオーンは首をかしげた。
 部屋に入ると、ワグナスは落ち着きなく視線を彷徨わせていた。
 棚に収まりきらなくなった書籍が本棚の上に積まれてはいるが、それ以外は整理整頓された部屋のはずだ。何か変なところでもあっただろうか。
「上着を預かりますよ」
 片手にハンガーを持ち、もう片方の手をワグナスへと伸ばした。ワグナスは礼を言って脱いだ上着を手渡す。
 その時、音を立てて何かが落ちた。
 屈んで拾うと、それは生徒手帳だった。
 偶然開いた表紙裏に視線が釘付けになる。そこには体育祭の借り物競走で、ボクオーンとワグナスが手を繋いでいた時の写真が収められていた。
 どきりと鼓動が高鳴った。
 こんなところに写真を挟むなんて、普段から眺めているようではないか。まるで本当に好きな――
「待て!」
 理由を問う前に、生徒手帳が乱暴に奪われた。
 そんな彼らしくない行動に、ボクオーンは驚いて固まってしまう。
「そ、その、すまない。……恋人の写真を生徒手帳に挟むのは当然だと、スービエが言うので」
「なるほど。ベタですが、一理ありますね。それにしても、生徒手帳とは古風ですね……」
「そ、そうか?」
「今時はスマホではないでしょうか?」
 スマホでワグナスのことを撮り、待ち受け画面に設定をしてみせた。
「こんな感じで」
 画面をワグナスへと向けると、ワグナスはひゅっと息を飲んだ。
 その反応に戸惑う。ワグナスは口を引き結んで無表情を装っている。しかしその頬が赤く染まっていることまでは隠し通すことができていなかった。
 なぜだろうか。そんな彼を見ていると胸がほわほわとして落ち着かなくなる。そっと視線を逸らし、ボクオーンは手早く上着をかけてその場から離れた。
 折りたたみ式の机を出し、クッションの上に座るようにワグナスに促した。
 通学鞄を勉強机に乗せたところで冊子が目に入った。
「そうだ、ワグナス。いつかあなたが勧めてくれた論文を読んでみました」
 郷土史にまつわる論文で非常に興味深い内容だった。
「このページを覚えていますか?」
 付箋を貼っていたページを開いて、ワグナスの隣に座る。興奮に頬を染め、瞳をキラキラと輝かせながら素晴らしかった内容や自分の見解を早口で熱弁した。
 気持ちよく語っているのに、ワグナスは気もそぞろで俯いている。集中してほしくて顔を覗き込んだところ、大きな手のひらがボクオーンの額をぐいっと押した。
「ち、近いのだが……」
「すみません」
 熱くなるあまり距離を詰めてしまったようだ。誤魔化すような笑みを浮かべると、ワグナスはとても険しい顔になってしまった。
 ――なんだ、何か不快なことをしてしまったのか。
 怪訝に首を傾げる。
 理由を問おうとしたところワグナスに肩を掴まれ、真摯な灰色の瞳で直視された。
「ボクオーン。私は、君の信頼を裏切るような真似は絶対にしないと誓おう」
 ――何を言っているんだ、この人は。
 思わず瞬きをした。しかし次の瞬間、とてもおかしくなって吹き出した。
「突然どうしたのですか。あなたほど信頼している人なんて、他にいません」
 笑いながら言うと、ワグナスが目を見開いた。ボクオーンを見つめる瞳は潤んで、どこか熱っぽい。
 微笑み顔のままでそれを見つめると、ワグナスは両手で顔を覆いながら天井を仰ぎ「あー」と呻いた。
 ストレスでもあるのだろうかと、心配そうにボクオーンは挙動不審なワグナスを見つめていた。
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