短いお題色々

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「恋と呼ぶには遅すぎて、愛と呼ぶには早すぎる」からお題をお借りしました。
ワグボク。どちらも魔物化していて、ボクオーンが吸収の法の影響で記憶が曖昧になっているような設定。
 

忘れた名前を君の声で思い出させて

 
 地平線に陽が沈みかけ、空とステップの大草原が茜色に染まる。
 風が吹くたび、地上戦艦の船首に座るボクオーンのフードがはためく。捲れ上がった布の下から現れた異形の顔に、二本の角が影を落とした。 
 ふいに、風が変わる。周囲の空気を掻き回して、ボクオーンの隣に舞い降りたのは、羽毛に覆われた手足を持つ蝶のような巨体――七英雄のリーダー、ワグナスだった。
 横を向くと、美しい女性のかんばせが柔らかく微笑む。
「元気か、ボクオーン」
 その名に胸の奥底に波紋が広がる。
 ――懐かしい響きだ。
 だが記憶が混濁し、自分の名さえ曖昧だ。
「君のおかげで資金は潤っているよ、ボクオーン。次は海の向こうに砦を築いているそうだな」
「万事、順調に進んでいる」
 やるべきことは覚えている。七英雄の目的も使命も。
 けれど、何かがぽっかりと抜け落ちた喪失感に苛まれていた。大切な何かが、指の隙間からこぼれたように。
 夕陽を眺めながら、ぽつりぽつりと言葉をかわす。
 ワグナスはことあるごとにボクオーンの名を呼んだ。その度に、胸がざわめき、形のない不安が心を揺さぶる。
 紺色に染まった地平線を眺めるワグナスの顔に影が差し、表情を隠す。それがなぜか泣いているように見えて、ボクオーンは手を伸ばした。
 だが、自分の骨が浮いた皺皺の手が視界に入り、息を呑む。
 彼に触れることがとても罪深いような気がして、腕が力無く降りた。そっと視線を戻す。
「ボクオーン、私はそろそろ帰るよ」
 ボクオーンの変化に気付いたワグナスが右腕を動かした。だが空を駆けるための羽では、ボクオーンを抱きしめて慰めることはできない。
 目を細め、彼は空を見る。
 もう少しの間だけ、無言で流れる雲を見送った。ワグナスの羽が揺れて音を立てる。風の音と草が擦れる音と重なって、耳の奥に響いた。
「……また来る、ボクオーン」
「……気をつけて」
 ワグナスは大空へと飛び立った。ボクオーンはそれを見送る。
 紺色の空に浮かぶ黒い影が、ゆっくりと遠ざかっていく。
 彼が羽ばたく音は次第に消えて、静寂が訪れた。
「私は、七英雄が一人、ボクオーン」
 乾いた夕暮れの中、その名を胸に刻むように呟いた、その声だけが草原に響いた。
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