想いを乗せて花は咲く

8日目


 八日目。
 ボクオーンは村長の書物庫で文献の調査。ワグナスは遺跡の調査を行った。

 傾いた太陽が世界を茜色に染めている。空の大部分を覆った雲が橙色と紺色とで縞々を作り、その隙間から漏れた光が鋭く下界に降り注いでいた。
 巣に帰る鳥達がやかましく鳴くのを聞きながら、ボクオーンは帰路についた。
 気まぐれに、祭りの準備をしている広場に足を向ける。広場の中央では出し物をする舞台が設営中であった。
「おや、ボクオーンちゃん。こんなところで珍しいねぇ」
 作業を見守っていたボクオーンに声がかけられた。振り向くと、隣の家の老婆が立っていた。
「祭りは賑わうから、ぜひ参加して行きなさいな。……お金が欲しい事情があるのだろうけれど、本当はあんた達に危険なことはして欲しくないんだけどねぇ」
 たかだか一週間隣の家に住んでいるだけの人間に、心を配るお人好し。無意味なことをと嘲る自分と、少しだけ心が温かくなる自分とがいる。
 ボクオーンはそっと微笑みを浮かべた。
 ボクオーンの赤髪が夕日の光を吸い込み、燃えるような深紅に輝いていた。老婆は目を細めながら眩しそうにそれを見つめて、そっと目を伏せた。
「ボクオーンちゃんはフィネアの花の伝説を知っているかい?」
「はい。風の神に仕える巫女で、花に乗せて想いを伝えていたのだとか。このお祭りはそこが由来でしょうか。恋人達が想いを通わせられるように。そして、片恋の少女達に勇気を与えるように、と」
 うふふ、と老婆は意地悪そうに笑う。
「表向きはそうさね。だけど、事実は違うんだよ」
「と、言うと?」
 首を傾げると、その反応に満足したように笑った老婆がそっと声のトーンを落とした。
「巫女様は風の神に見初められたんじゃない。拒絶されたんだよ。彼女は失意のままに、赤い花の中で姿を消した。そして風が村に呪いを運んできた」
 神殿、という初めて聞くキーワードに引っ掛かりを覚える。
 しかし老婆の話にも気になる点はいくつかあるので、ひとまずはそちらの疑問から解消することにした。
「呪いというと、村に災いが起こったと?」
 老婆は頷く。
「……つまり、この祭りは彼女の心を鎮めるためのものなのですか。しかし、傷心の巫女に、幸せな恋人の姿を見せるのは酷なのでは?」
 率直な意見を述べると、老婆は堪えきれずに声をあげて笑い出した。ボクオーンは反応に困って、口元に曖昧な笑みを浮かべたまま小首を傾げて老婆のことを見守った。
「ボクオーンちゃんは優しいね。だけど大丈夫だよ。信頼し合う恋人に、巫女様は心を癒されて祝福を与えてくれるんだから」
 それは、裏を返せば信頼しあっていない恋人に対しては、呪いが降りかかるということだろうか。
 顎に手を当てて、思考を整理する。
 祭りの建前は「風の神を讃えるもの」。だが、その裏にあるのは、その神に使える巫女の伝承と、呪い。
 そして初めて聞いた『神殿』という場所に、ひとつの仮説が浮かんだ。
「神殿というのは、もしかしてあの遺跡ですか?」
「そう。巫女はあの神殿から、天に向かって風の神様に祈りを捧げていたのさ」
 一番身近なところに有益な情報があったようだ。
 ボクオーンは笑顔で応対しつつも、内心で舌打ちをしていた。
 あの遺跡が風の神を祀っていた神殿であるならば、また違った観点で調査ができないだろうか。転移装置は神が地上に降りてくるためのもの? だとすると恋人同士という条件は当てはまらなくなる。
 老婆はふと視線を落として、フィネアの花を見つめる。それに釣られるようにしてボクオーンも足元の花に注目をした。夕日の光を受けたフィネアの花は燃えるように輝いている。中央の闇は安らぎを与えてくれるのか、それとも恐怖を引き立てるのだろうか。
「伝承はこうも伝えているんだよ。花が強く香るときは、誰かの祈りが届かなかった証だって」
「香り……ですか」
 そっと息を吸い込む。
 森の木々の青い匂いに混ざって、甘い、自らの想いを主張する独特の香りが乗っている。
「今年はかつてないほどフィネアの花が咲き乱れてるんだよ。その分、花の芳香も強い」
 ぞわりと背筋に悪寒が走る。
 例年と今年の違いは自分たちの存在だ。
 いや、そうと決めつけるのは早計だ。この村に、叶わぬ想いに焦がれている誰かがいる可能性だってある。
 胸の奥から込み上げるような、形容しがたいざわめきが全身を駆け巡り、息が詰まった。『届かない祈り』という言葉は、風化したはずの記憶を呼び覚まそうとする。
「色々と事情があるんだろうけれど。ちゃんと、信じてあげるんだよ」
 微笑みを浮かべようとして、引き攣る頬がうまく制御できなかった。
 伝承はどこまでが空想で、どこからが真実なのだろうか。

 その時。
「ボクオーン」
 自分を呼ぶ声が聞こえて、ボクオーンは肩を震わせた。考えに没頭し掛けた頭を切り替えて、ゆっくりと振り向く。
 村の入り口から歩いてくるのはスービエであった。
「あらあら。これまたかっこいい人だね。知り合いかい?」
 問われて、ボクオーンが説明するよりも先に、目の前に立ったスービエは白い歯を見せながら笑って、自己紹介をした。
「ワグナスの従兄弟のスービエだ。うちのが世話になってるな、婆さん。ありがとう」
 パチンとウインクをする。
 美形と形容できるワグナスとは異なる種類だが、スービエも端正で男らしい顔立ちをしている。
 老婆は紅潮した頬に両手を添えて落ち着きなくそわそわしていた。ご老人を口説こうとするなよと、鋭い瞳を向けてみれば、彼はボクオーンに対してもウインクをよこしてきた。
 そんなものは見慣れたもので、何も感じることはない。
 ボクオーンは老婆に礼を言って、スービエを引っ張って家へと向かって歩き出した。


『心を重ね、互いを映せ
 XXXXXXXXX
 縁の導き、門を開く
 XXXXXXXXX』
 
 ボクオーンはスービエから受け取ったメモを眺めていた。
 扉に描かれていた文字の解析結果だ。
 不完全なこの内容からは、心を交わした者が門を開くことができるという、従来の説の通りに読める。
 ただし、恋人と示す説明はない。
 縁か、と考え始めた時、手にしていたメモを取り上げられた。むっとしながら視線を上げると、呆れたような顔をしたスービエがいる。
「飯の時に他のことをするなよ」
 ようやく古代文字の解析ができるというのに、邪魔をしてほしくない。
 だがこちらを見るワグナスも、眉間に皺を寄せて咎めるような視線を向けていたので、ボクオーンは素直に従うことにした。

 隣の家の老婆と別れた後、ボクオーンは古代文字の書物を持ってきたスービエを連れて帰宅をした。空腹だと騒ぐスービエに追い立てられて夕食の支度をしているうちに、遺跡に行っていたワグナスも戻って来た。
 三人揃ったところで夕食を取ることにした。
 本日のメニューは葉で包んだ猪肉・葉物野菜・キノコを蒸し焼きにしたものと、卵スープと、パンだ。
「やっぱり、ボクオーンの飯はうまいな。今の拠点の飯なんて毎日同じ味付けの肉だから飽きてきた」
 主菜を頬張りながら、しみじみとスービエが呟く。
「だったらあなたが作れば良いじゃないですか。ものによっては私より美味しく作れるでしょう?」
「海産物が手に入らなくてやる気が起きん」
 だったら文句を言うな、と半眼になる。おおかたロックブーケもワグナスが不在なので、調理をするのを渋っているのだろう。そんな中で皆の食事の世話をしてくれるのはノエルだろうか。
 その様子では、事前にボクオーンが渡した調査指示を真面目にこなしている者は何人いるのか。ボクオーンはこの上なく不安になってきた。
「美味しい飯を毎日食べさせてもらって、ワグナスが羨ましいぜ」
「ボクオーンは私の好みを反映したメニューを作ってくれるので、毎食楽しみだ。本当に感謝をしている」
 スービエが、いやらしい含み笑いでボクオーンを見る。ボクオーンはそれに気付かないふりをして、ちぎったパンを口に入れた。
「ほうほう、良いんじゃね。恋人っぽいじゃん」
「そう見えるのであれば良いのだが」
 努力を認められて嬉しかったのか、ワグナスが頬を緩める。
「ただ、正直まどろっこしい気持ちはある。手っ取り早く恋人がやることをやってから、装置の起動を試してみれば良いじゃねぇか」
 ストレートなスービエの物言いに、ワグナスは不快を表すように目つきを鋭くした。
 スービエはため息をつき、緩慢な動きで手をひらひらと振った。
 険悪な雰囲気にため息をつきつつ、ボクオーンは口を開いた。
「物理的な条件を満たしたところで、成功する確率は低いかと。ワグナス殿の信念を曲げてまで、勝率が低い賭けをさせるのは気が引けます」
「じゃ、俺が代わる?」
 また面倒なことを言い出したと、うんざりしつつ半眼になった時、ガタッと椅子を引く音が響いた。
 立ち上がったワグナスは端正な顔に怒りの色を乗せて、眉を吊り上げていた。
「そんな不誠実な真似は許さぬ」
「心が入れば良いんだろ。俺は抱く相手にはちゃんと愛を注ぐ流儀だから、問題ないだろ」
「しかし、ボクオーンの方は……」
「ボクオーンなら、調査だって割り切れば、心くらい偽れるだろ」
 二人の視線がボクオーンを刺す。
 少しだけ居心地の悪さを感じながら一度大きく瞬きをして、ボクオーンは頷いた。現に今だって、恋人のふりをすると決めたから、ワグナスとの心の距離を近づけようとしている。それが時間をかけるのか、一瞬なのかの差でしかない。
 ボクオーンを見つめていたワグナスの表情が歪んだ。何かを堪えるように唇を引き結んでいる。
 ボクオーンと目が合うと、ワグナスは俯いて椅子に座り直した。
 食事を再開するワグナスに合わせて、ボクオーンとスービエもフォークを手に取る。
 それまでの和やかな雰囲気は一転して、重く暗いものとなってしまった。
 
 ワグナスは食事を終えると、ボクオーンに「美味しかった」と礼を言い、寝室へと引っ込んでしまった。
 残りの二人も程なく食べ終え、ボクオーンは片付けをはじめた。
 スービエは棚の上に置きっぱなしの交換日記を見つけて、それを手にしている。
「スービエ、あなたに頼みがあります。明日、ワグナス殿と例の仕掛けに挑戦してほしいのです」
 こちらを向いたスービエの瞳が理由を促していたので、ボクオーンは説明をした。
 あの遺跡の装置は、恋人同士の心を重ねることが条件とされている。しかし古代語は未解読部分があるにせよ、そう明言しているわけでもなさそうだ。縁という言葉もあるし、血の繋がりがあり、信頼しあっている二人で試したいという意図があった。
「もう一点。私もワグナス殿も、魔力探知が得意なので、ついつい魔力に頼ってしまう。ですから、あなたの視点で感じたままの報告が欲しいのです」
 スービエは話を聞きながら、交換日記のページを繰っている。
「別にかまわねーぜ」
 承諾の返事が聞けたことに満足をして、ボクオーンは食事の片付けに戻った。その背中にスービエの声が投げられる。
「交換日記、つまんねー内容だな。特にお前。恋人のフリをするならもっとあんだろ」
 答える義務はないので無視をしていると、大袈裟にため息を吐く声が聞こえた。
「お前らさぁ、こんなにゆっくり着実に心を通わせちまってよ。気持ちが本物になったら、どうするんだよ?」
「この場限りだとは、お互い納得済みです。あなたもさっき言っていたじゃないですか。私は任務のために心を偽れると」
 スービエは何も言わなかった。何か思うところがあるのか、関心を失ったのか。日記に視線を落としたまま、沈黙をしていた。
 部屋には、ボクオーンが食器を片付ける音だけが響いていた。
 
 ――その日、毎日就寝前に渡されていたワグナスからの日記は、ボクオーンの元へは届けられなかった。
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