想いを乗せて花は咲く

6日目


 六日目。

 青い水晶の間で、ボクオーンとワグナスは見つめあっていた。
 青白く光った部屋は沈黙をしている。
 黒いローブを身に纏ったボクオーンの右手の指は、ワグナスの指に絡んでいた。互いの熱を伝え合うように、てのひらが隙間なく重なっている。
「さあ」
 ボクオーンに促されて、ワグナスは頷いた。
 二人は自由な手で同時に水晶に触れる。
 刺すような冷たい空気は、沈黙したままだった。
 落胆の息を吐きながらボクオーンはワグナスのことを仰ぐ。彼もまた、苦笑を浮かべていた。
「これでもダメですか」
 互いのことを知り、ただの仲間というよりは湿った温度感で接するようになった。村人達からも仲睦まじい恋人として認められている。
 今ならば装置が作動するかもしれないと期待したが、結果はこの通りである。
「この青水晶を持ち帰ってしまいましょうか」
「この場所にあることに意味があるかもしれないが……」
 二人は腕を組みながら唸り声を上げ、どちらからともなく肩を落とした。
 台座にはアネモネとよく似た花が咲き乱れていた。独特の強い香りがあるので、フィネアだろう。最初に訪れてから一週間がたつが、未だ瑞々しく、衰えも見せずに咲き誇っていた。
 特に新しい発見もなく、二人は甘い香りが漂う部屋を後にした。

 次に立ち寄ったのは、遺跡の外壁だった。
 仕掛けがある建物――本殿――は入り口から真っ直ぐに進んだ先にある。しかし道を外れて回り込んでみれば、本殿とは別と思われる建物が存在した。
 外壁が経年劣化していたものの、比較的綺麗な状態で残っていた本殿とは異なり、こちらはかつて壁だったらしきものが崩れた状態で散らばっている。
「これを見てほしい」
 ワグナスは足元に転がる瓦礫を手に取った。瓦礫を放り、剣を一閃させる。綺麗に分たれた断面は、わずかに青みがかっていた。
「青水晶の間の壁と同じ材質ですね」
「同じような部屋だったのだろう。壁に散りばめられていた小さい水晶は物取りに盗まれたか、風にさらわれてしまったのか」
「……水晶に価値があるなら、なぜ青水晶の間は綺麗なままなのでしょうか」
 ボクオーンの問いに、ワグナスは眉間に皺を寄せた難しい顔をしながら腕をさすった。
「あの部屋で悪さをすると、天罰が下りそうな気がするな」
「それはまた、随分とリアリティがない理由ですね。あなたらしくない」
「あの建物の中では常に、何者かの視線を感じるのだ。敵意を持って監視をされているような……恐怖というより、嫌悪感が先立つ感じだな」
 そういえば初日もそんなことを言っていた。ボクオーンは顎に手を当てて考えた。ボクオーンは歪みを感じたが、魔力に何かの感情は乗っているように思えなかった。
「ワグナス殿。今度、あの部屋で悪戯をしてみませんか?」
「あまり気は進まないが、万策尽きたら試してみよう」
 ボクオーンは崩れた壁を観察した。しゃがみ込んで壁の破片を手に取った。雨風に晒されて劣化しただけではなく、この部屋はもっと大きな力で破壊されたように見えた。
「私の仮説だが……」
 ボクオーンの視線から、その思考を読み取ったワグナスが天を指す。白い雲がもくもくと空を覆っている。風の流れは穏やかで、雲はその場にとどまったままだ。
「この部屋は空から落ちてきた。……青水晶の間にはおそらく対になる部屋が存在するはずだ」
「対になる部屋はあると思います。しかし、実際に天空の城に転移したという話はあります」
「例の富豪が転移をした後に落ちてきた、とか」
 ボクオーンは埋まっている壁を杖の先で掘り返してみた。
「……予想ですが、この壁が落ちてきてから、百年以上は経っているのではないでしょうか。もう少し詳しく見てみないと分かりませんが」
「転移先はひとつとは限らない。転移先の切り替えが可能。または別の組み合わせの部屋である」
 ふむ、と頷いてボクオーンは立ち上がった。ワグナスのいくつかの仮説は正解かもしれないし、そうでないかもしれない。
 ざぁぁと木々がざわめき、緑が踊り狂う。
 揺れて混ざる色を瞳に映しながら、ボクオーンはふと気付いた。村の中と本殿の入り口で目についたフィネアの赤が、この景色には混ざっていないことに。

 その後、二人は本殿へと戻って全ての部屋を探索してみたが、特にこれといった秘密を見つけ出すことができなかった。

 そして、六日目が終わった。
7/23ページ
スキ