想いを乗せて花は咲く
2日目 2
【拝啓 春暖の候、日差しに力強さが増してきたが、夜はなお冷え込む。
体調を崩さぬよう、気をつけてほしい。
本日の調査では、君の対話力に改めて感心させられた。老若男女問わずに話を合わせ、必要な情報を獲得していく様には、感動すら覚えた。
また、子供に対する柔らかい表情は初めて見るもので、君はそんな顔をして笑うのだと、少し驚かされた。
レース編みが得意なことにも驚いた。
ご婦人達と団欒する様は、舌を巻くほかなかった。
いつも貴重な情報を持ち帰ってくる背景には、このような下積みがあってこそと知り、君への尊敬の念がさらに深まった。
村人たちは、よそ者に対する警戒心を解いたように見えた。
明日は、例の噂の出所をさらに深掘りしたい。
君の観察眼に期待している。
敬具
ワグナス
】
本日の夕飯のメニューは野菜と鶏肉のオーブン焼きと、豆スープだ。オーブンから蜂蜜と焦げたハーブの香ばしさが、肉の香りと混ざって部屋に漂う。
聞き取り調査を終えたボクオーンは夕飯を作りながら、合間に扉に描かれていた文字の解読を進めていた。
気のいい村長と交渉をして借りた木造の家の間取りは、厨房兼居間と寝室とトイレだけの、村の民家としては極めて標準的なものだ。寝室にはベッドが二つと机があるだけ。
同じく解析作業をしているワグナスは寝室に籠ったまま出てこない。彼は調べ物や作業に没頭する傾向があるので、放っておいた。
ボクオーンは持ち込んだ本をパラパラとめくり、ため息をついた。一致する文字がない。この世界で現在使われている様々な地方の文字、比較的有名とされる古代語を持ち込んでいたが、どれも外れだ。
図書館などに行けばもう少し詳しい情報があるだろうか。しかし近くに大都市はない。手紙を出してノエルかスービエあたりへ調査の依頼を考えていたところで、寝室へ続く扉が開いた。ワグナスだ。
「帰っていたのだな。夕飯の支度もありがとう。甘い香りがするな」
「鶏肉に蜂蜜とハーブを塗り込んだので、その香りでしょう」
ボクオーンの声は、鈴を転がすように高く澄んでいた。
ワグナスがビクリと肩を揺らし、眉間に皺を刻んだ顰めっ面で固まる。ボクオーンは苦笑を浮かべた。
「ワグナス殿。もしや女性に耐性がないのですか」
「そんなことはないが、君の場合は中途半端にボクオーンだから、変な気持ちになるのだ。男の君に……なんと言えば良いのか……ともかく、混乱する」
やれやれと肩をすくめながらボクオーンはワグナスに近づく。
彼の瞳に警戒が浮かぶ。
ボクオーンはにっこりといたずらっぽく笑い、彼の腕を取って身を寄せた。
ワグナスの体が硬くなる。緊張が伝わって来るようだ。
忍び笑いを漏らしながらボクオーンはその腕を引っ張った。抵抗もなくワグナスの上体が傾いて、近づいたその耳元でそっと囁いた。
「恋に落ちても良いんですよ」
慌てた様子で腕を振り払われ、ワグナスは数歩分の距離を取った。顔を片手で覆って、天井を仰ぐ。
「勘弁してくれ」
くくっとついつい笑い声が漏れてしまった。
彼はボクオーンと仮染めの恋人同士になろうとしている。少し役に入りすぎているが、多少は意識してもらった方がそれっぽく見えるだろう。
ボクオーンは喉に手を当てて、かけていた術を解除した。んんっと咳払いをした声は、男のものだ。
「着替えついでに化粧も落としてきますよ」
寝室へ向かおうとしたそのとき、ワグナスが慌てたように引き留めてきた。
「ああ、話の途中だった。ありがとうと、言いたくて」
「何がですか?」
「蜂蜜だ。昨日、私が日記に好物と書いたから用意をしてくれたのだろう。違うか? だから、ありがとう。嬉しいよ」
切れ長の瞳が優しく細められ、端正な顔が柔らかい微笑みを作る。
どきり、と鼓動が跳ねる。
彼の顔を直視できず、ボクオーンの視線が泳いだ。
「たまたま手に入っただけですから、感謝の必要はありません」
そっけなく返して、ボクオーンは視線を逸らせた。顔を熱くする理由の答えを出すのが恐ろしくて、逃げ出すようにその場を後にした。
寝室に入って扉を閉める。閉めたばかりのそれに体重をかけて、ボクオーンは息を吐いた。どきどきどきと跳ねる鼓動が耳障りなほどだ。
照れたのは礼を言われたからだ。そしてこの鼓動は逃げるように走ったせいだ。――そう、自分に言い聞かせた。
【二日目 調査報告
記録:ボクオーン
本日は村での聞き取りと扉前の紋様の解析作業を中心に行なった。
村での聞き取り内容
・遺跡を訪れる冒険者は年に数組程度。
・遺跡での魔物の目撃情報はなし。
・村人は遺跡には近寄らない。
・その他、村の特産品、旬の野菜などの情報。
紋様の解析作業
・進展なし。
】