想いを乗せて花は咲く
2日目 1
鳥の囀りが聞こえる。
目を開くと、カーテンの隙間から光が漏れているのが映った。キラキラと眩しいほどに輝いて、一条の光となってワグナスに降り注いでいる。
ワグナスは目を細め、光から逃れるように寝返りを打った。
鈍く痛む頭を振る。
寝不足だ。
目頭を揉みながら、ワグナスはそっと息を吐いた。
昨晩は初日ということもあり、日付が変わる前に就寝をした。しかし、寝付けなかった。
その原因は、ボクオーンだ。
彼はロックブーケの企みもあり、女性の格好をして村に潜入していた。
その彼が被った仮面は、全くの別人のようであった。
まず、見た目。普段は左目を隠している前髪を横に流しただけで、印象が変わる。怪しげで曲者の雰囲気が、表情が見えることで明るくなった。元から顔立ちは整っているが、施されたメイクでさらに可憐に可愛らしくなる。目の大きさも一回り違うし、メイクとは恐ろしい。
村人と話す時は常に口元に優しげな笑みを湛え――男の姿の時の微笑みは腹に一物を抱えた、含みがある癖が強いものだ――おっとりと話す。
声も術で変えているようで、高く澄んだ聞き心地が良い声音だ。
その見掛けも立ち振る舞いも、本当は女性だったのかと錯覚するほどだった。
そんな彼とベッドを並べて寝るので、緊張をしてほとんど眠れなかった。
女性が苦手なわけではない。
ただ、二人きりの部屋で女性と寝る経験は初めてだった。――いや、彼は女性ではない。男性だ。だが、見かけが女性のため、頭が混乱をしている。
そして恋人のように振る舞おうとしているのも原因の一つだ。
ワグナスは演技をするのが苦手なので、真剣に彼に向き合おうと決めた。自身に暗示をかけるように「彼のことを好きになる」と言い聞かせた。
その結果が、このざまだ。
ベッドを降りて、身支度を整える。
居間へと続く扉を開くと、焼いたベーコンの、食欲を誘う香りがふわりと漂ってきた。
朝食の支度をしているボクオーンは、ロックブーケが選んだレースがふんだんにあしらわれた白いローブを着ていた。ワグナスの白い神官服と似た、蝶が刺繍された服だ。
「そろそろ起こしに行こうと思っていたところでした。おはようございます」
そう告げた声は高く、テンポはゆったりとしていた。
振り向いた顔はすでにメイクが施され、優しく、儚げな笑みが浮かぶ。白い衣が朝日を浴びてきらきらと輝き、表情も明るく映す。
どきりと鼓動が高鳴る。
大袈裟に体を震わせたワグナスを見て、ボクオーンはくすりと柔らかく微笑む。
「女性になりきるのはさすがに慣れないので、今から練習をしておこうかと思いました」
気まずさにそっと視線を逸らして、あえて別の話題を振ってみた。
「何か手伝うことは?」
「……こちらのトレイをテーブルに。あとは座って待っていてください」
頷いて、彼の指示に従う。
飲み物とパン、皿を並べて、席についた。
じゅうじゅうと何かを焼く音と、トントンと野菜を包丁で刻むリズミカルな音が響く。
その穏やかな空気に、胸に温かいものがじんわりと沁みてくる。かつての――故郷を追放される前の、平和だった頃の空気を思い出した。
感傷に浸り掛けて、その思考を打ち消すように目の前にある日記に目を通す。
ワグナスの日記がそうであったように、ボクオーンからの日記も彼の好物などが書かれていた。野菜や果物が好き。料理や薬の調合、人形の洋服作りをして気晴らしをすることが多い。
七英雄の頭脳ボクオーンの趣味が料理や裁縫とは、意外なのが第一印象だった。だが、可愛らしいなとついつい顔を綻ばせ、慌てて自身の思考に訂正をした。
男性相手に可愛いは失礼だろう、と。
目の前にことんと音を立てて皿が置かれる。ベーコンと目玉焼き、そして葉物のサラダが乗ったプレートだ。
「今日はまず、この家を貸してくれた村長に礼を言いに行きましょう。そのあと私は情報収集。ワグナス殿はここに戻って扉の文字と紋様の解析を行なってください」
時間が惜しいとばかりに、席に着く前から話を始める。声音こそ女性のものだが、抑揚が少ない喋り方はいつものボクオーンだ。
ついつい笑みがこぼれた。
ボクオーンはきょとんと目を瞬かせて、不思議そうに尋ねてきた。
「どうされました?」
「いや。ボクオーンはボクオーンだなと思った」
彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
気にしないでくれとばかりに苦笑を浮かべると、ボクオーンは肩をすくめながら着席をした。
「では、食べましょうか」
「ああ。作ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。それでは、本日の予定の詳細を……」
そうして、遺跡調査二日目が始まった。