想いを乗せて花は咲く
おわり、そして
島が浮遊している仕組みを調査し、有翼人が残した財宝の一部を拝借してこの島での目的は果たせた。
ボクオーンは蔦で作ったかごに、大量の書物と多少の宝石や魔法具をしまった。
「ところで、帰りはどうするつもりなのだ?」
転移装置である青水晶に向かい合いながら、ワグナスが尋ねる。
「本来はフィネアを持つ人同士が、天上と地上とで同時に触れる必要があります。ですが巫女は花を媒介にして装置を作動していました。私も魔力の糸か人形を通じて同じことができるでしょう」
右手に魔力を込める。紫色の輝きが広がり、室内にたくさんの花が咲いた。
巫女の気配が蘇ったような気がして、そっと口元を緩める。
ボクオーンは水晶に手を翳しながら目を伏せた。
思念が水晶の魔力と溶け合って、地上へと降りていく。水晶を伝った魔力が、地上の台座に紫色のフィネアを咲かせた。それを確認して、ボクオーンは満足げに頷いた。
振り返ると、憂いを含んだワグナスの瞳がボクオーンを映して、ゆらゆらと揺らいでいた。
胸が痛みを放つ。
地上に戻れば任務は完了だ。
それは、この偽りの関係の終了を意味している。
恋人であることを続けるのか、元に戻るのかはボクオーンの気持ち一つで決まる。
「最初は確かに、装置を起動させるためだった。だが、今、君のことを愛している気持ちは本物だ」
強張る頬で無理矢理笑みを作ろうとしながら、ワグナスはボクオーンの頬を慈しむように優しく撫でた。
屈んだ彼が、そっと距離を詰めた。一瞬だけ、唇同士が触れ合う。
「こんな気持ちを教えてくれてありがとう」
至近距離で見つめ合う。瞳の奥に、縋るようなひたむきな願いが見えた。
こんなの、――こんなにも真摯で熱い本物の気持ちをぶつけられたら、心が揺さぶられずにはいられない。
離れていく彼の熱が名残惜しくて、ボクオーンは彼の首に手を回して彼のことを引き寄せた。
唇を重ねる。
その瞬間、時が静止したような気がした。温もりが、ゆっくりと胸を溶かしていく。
もう、良いじゃないか。そう、過去の自分に訴える。
数百年前の失敗を悔やみ、彼への気持ちごと心の奥底に封印してきた。皆とは一線をおいて、冷静に冷酷に、合理的な判断をできるようにと。
だけど、巫女との戦いの時に彼が見せてくれたように、愛しているからこそ信じて、強くなることもできるはずだ。今度こそワグナスのことも、ボクオーン自身が大切にしているもの全てを守り抜いてみせる。もう、判断を誤らない。――その覚悟を、持つから。
だから許して欲しい、と。そう願う。
ワグナスの腕が背中に回り、全てを肯定するように強く抱きしめた。
伏せた瞼の裏に、黄金の輝きが浮かぶ。
足元にはフィネアが狂い咲いている。だからボクオーンの感情などワグナスに全て届いているだろう。
同時に、ワグナスの心に偽りがないことも伝わってくる。
強く抱擁をし合い、しばらくして距離を置いた。
言葉に詰まるように息を呑むと、優しい顔をしたワグナスが首を振る。
「いつか、気持ちの整理ができたら、聞かせてくれ」
深呼吸をして、心を鎮めようとする。
だけどどうしたって、彼に対する愛おしさが面に現れてしまう。潤んだ瞳を柔らかく細めて、彼を見上げた。
ワグナスが目を見張る。
そして、彼の喉が鳴る音が聞こえた。
「私も、あなたを愛しています。……どうか、おそばにおいてください」
憑き物が落ちたような晴々とした気持ちで、ふわりと微笑む。
ワグナスの顔がくしゃりと歪んだ。きらりと輝く銀のような瞳が、とても綺麗だなと思った。
「ああ。……もちろんだ」
ワグナスは泣き笑いの顔で、ゆっくりと頷いた。
差し出されたワグナスの手に、自分の手を重ねる。
その手の甲にワグナスは唇を落とし、微笑んだ。ボクオーンも笑みを返し、見つめあった。
花が揺れる。二人の想いを伝えるように。祝福を届けるように。
「さあ、帰ろう」
ワグナスの言葉に、ボクオーンは頷いた。
ボクオーンは唇を引き結んで、水晶を見つめる。
ワグナスもまた、リーダーとしての厳格な顔をして、青い水晶の表面を見つめた。透明な水晶に映る二人の顔が、平坦な表情をしてこちらを見つめ返している。
魔力を注いで、地上に人形を召喚させた。
ワグナスとボクオーンは視線を交わし、そして、同時に水晶へ触れた。
青い光が、二人を包む――
眩しさに伏せていた瞳を開くと、水晶の前にスービエがいるのが見えた。
彼はボクオーン達をみとめ、安堵したような顔をする。
驚きながら彼の背後を見れば、ノエル、ダンターグ、ロックブーケ、クジンシーと、仲間達が揃っていた。心配で駆けつけてくれたのか。それとも、暇だったから来ただけなのか。――尋ねてみても、きっと後者で返事が来るだろう。
まさか皆が迎えに来ているとは思わずにワグナスを仰ぐと、彼は優しく微笑みながら皆を見渡していた。
「ただいま戻った。心配を掛けたようで、すまない」
皆の顔が微笑みに彩られる。
返事をしようとしたスービエが口を開き掛け、そして眉を顰めた。その視線がボクオーンの頭の先からつま先までを往復する。
彼の背後の仲間達の間にも緊張が走った。
ロックブーケなどは顔面を蒼白にして、両手を頬に当てて口をぽかんと開いていた。
仲間達の不自然な反応に、ボクオーンはワグナスと視線を交わした。
「あのさ……なんで、お前、ワグナスの服着てんの?」
パチリと目を瞬かせて、ボクオーンは眉を顰めた。服が破れたから借りているだけだが、なぜそんな反応をされるのだろうか。
説明しようと口を開き掛けたところで、スービエの声が言葉を遮った。
「彼服ってさぁ。お前ら、まさか寝たの?」
彼が何を言っているのか、理解ができなかった。そもそも彼服とは何なのだ。
「戦闘で私の服の損傷が激しかったため、ワグナス殿に服を借りているだけです」
馬鹿馬鹿しいとばかりに切り捨てて、ため息をついてやる。
同意を求めるように、傍のワグナスを仰ぐ。彼も毅然とした態度で否定をしてくれる。そう思っていた。
しかし頬を染めて、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせているワグナスに、ボクオーンは絶句するしかなかった。それでは肯定をしているも同然ではないか。
「お前ら、マジで?」
スービエがニンマリと頬を緩める。クジンシーも揶揄うような笑みを浮かべ、その背後に立つダンターグもニヤリと口端を上げた。
ノエルはあまり表情は動いていないが、その瞳は優しい色を含んでいた。
――が。
室内にロックブーケの悲鳴が響いた。
「ど、ど、どういうことですのぉぉぉぉ⁉︎」
彼女の髪が動揺と怒りとでゆらゆらと揺れる。
腕が粟立つ。最近見た、怒りで髪を揺らす誰かの記憶が蘇ってきて、背筋も震えた。
「だいたい、あなた達、なんで手を恋人繋ぎなんてしていますのよっ」
「装置を起動させるためです」
――実際は不要であったが、面倒なので説明は省いた。
ロックブーケはボクオーンの襟を掴み、ガクガクと前後に揺さぶる。
「ちょっ、……ロックブーケ、お、落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられませんわっ。スービエから二人の話を聞いた時から、嫌な予感がしていましたのっ。抜け駆けは許しませんわよ、ボクオーン!」
罪悪感から止めるのを躊躇い、激しく揺すられるがままになる。目が回ってきた。
ワグナスの手がロックブーケの腕を掴んで止めてくれる。
「ロックブーケ、ボクオーンはまだ本調子ではないので、やめてくれ。それに、彼に想いを寄せているのは私の方だ。責めるのなら私を……」
悲しそうに顔を歪めて告げられた懇願に、ロックブーケは固まった。
ボクオーンは頭を抱えた。庇ってもらえたのは嬉しい。しかしそれは色々な意味で、言ってはいけないやつだ。
ノエルに肩を叩かれて、ロックブーケはうなだれた。
「お兄様が、……お兄様があの時反対しなければ!」
「ま、待て。落ち着け」
兄妹喧嘩に発展した言い争いを眺めていると、首に腕が回された。体を引かれて、スービエの肩に後頭部がぶつかる。
「なになに、お前ら、くっついたのかよ。俺の日記、良い仕事してただろ?」
思わず半眼になって、ニヤニヤ顔のスービエを睨みつけた。
そうだった。あの時の偽装された日記には随分な目に遭わされた。結果的には、あの日記は互いの気持ちを決定づける一石になっていたと認めよう。
だがそれと、腹立たしい気持ちとは別だ。
「スービエ、お前とは話がしたいと思っていたのだ」
そして、はらわたが煮えくり返っているのはワグナスも同じこと。眉間に皺を寄せた剣呑な表情で、彼はスービエの首根っこを掴んでボクオーンから引き剥がした。
「お前に物申したいことがある」
鋭い視線とは裏腹に、淡々とした調子でワグナスの説教が始まる。
これは長くなりそうだと、ボクオーンはそっとその場を離れた。
「財宝どうだった?」
「敵は強えぇやつだったか?」
クジンシー、ダンターグに立て続けに問われて、ボクオーンは苦笑を浮かべた。
ワグナスとの二人の時間はとても穏やかで、かけがえのないものであった。
だが賑やかで、皆が好き勝手に振る舞うこの空間もまた、とても愛おしくて大切なものだ。
背負っていたかごから宝石を出しつつ、ボクオーンは魔物化した巫女について語り出すのだった。
遺跡を出ると、草木の匂いが風に乗って漂ってくるのを感じた。すっかり嗅ぎ慣れた甘い香りも届いてくる。
陽の光の眩しさに目を細めて空を仰いだ。青い空は高く澄んでいる。目に沁みて、少し泣きたくなった。
色々あった。
ここで過ごした日々に思いを馳せる。
手にしていた青い水晶の欠片を空にかざした。その欠片は天の色を写して煌めいていた。
転移装置の青水晶は砕いて、大きな破片をいくつか持ち帰ってきた。
もう浮遊島への道は必要ない。
どのみち、あちら側に操作する人がいないため、何の役にも立たない魔法具だ。ボクオーン達が有効に活用することにした。
視界の片隅でそよいでいる赤い花を見ていたら、ボクオーンの胸に、ふといたずら心が湧いてきた。
「ワグナス殿、少し魔力を分けていただいても良いでしょうか?」
傍に立っていたワグナスが首を傾げながらも、素直に応じて手を差し出す。
ボクオーンはニコリと笑って、手を重ねた。
ワグナスが放つ魔力に自分のそれを重ね、そっと解き放った。
次の瞬間、一面に紫と白、そして赤色のフィネアが花開いた。むせるような花の香りが辺りを覆い、風に吹かれて掻き消える。風は三色の花弁をさらって空へと舞い上げていった。
「美しいな……」
見惚れるようにワグナスが空を仰ぐ。
今はここだけに咲いた花だが、種をつけ、風に運ばれ、来年は村の近くにも咲くことだろう。その時、あの老婆や姉妹はどんな顔をして花を見るだろうか。
「ええ。本当に……」
指先から感じる熱と、花弁から流れてくる感情が、胸をざわめかせる。そのざわめきすらも今はとても心地よく、浸っていたい。
「おーい。いちゃついてないで、早く来いよー」
先を歩いていたスービエが声を掛けてくる。
誰が、と文句を言いたいところであったが、無言でワグナスを見上げる。彼もまた、ボクオーンを見ていたので、視線を交わしてそっと微笑み合った。
ワグナスが手を引いた。ボクオーンはそれを受け入れて、彼の隣を歩いた。
並んで歩く二人の後ろ姿を、フィネアの花はそよぎながら見守っていた。
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