想いを乗せて花は咲く
14日目
十四日目。
村の祭りは昼と夜の二部構成だ。
まず、ボクオーン達は村の女性達が作った村の郷土料理に舌鼓を打った。
次に子供達がフィネアの花冠をかぶって踊るのを、手叩きをしながら見守る。子供達は皆で手を繋いで大きな輪を作り、輪を大きくしたり小さくしたりして笑い合っていた。
笛の音の調子が変わると、子供達は各自散らばって自由に踊り出す。
ボクオーンが親しくしていた姉妹も、白いワンピースの裾を翻しながらくるくるとまわっていた。
フィネアの赤が鮮やかに揺れる。
子供達の踊りが終わった。
姉妹の姉が頭にレースのヴェールを被り、その上にフィネアの花冠を乗せて現れた。白いワンピースは花嫁衣装のようである。
「あれは?」
ワグナスが隣に座るボクオーンの耳元でそっと尋ねてくる。
娘は同じ年頃の少年と手を繋ぎ、舞台へ上がっていく。二人は向き合って手を取り合い、はにかむように微笑みあって踊り出した。
「あの娘、もうすぐ結婚するそうですよ。あのヴェールは今年結婚予定の少女が身につけるものだそうです。ちなみに、レースの編み方は私が教えました。元々の村の編み方よりも美しく仕上がっているそうです」
よそ行きの顔でおっとりと微笑みながら、説明をする。
「まだ子供ではないか。結婚など早くはないか?」
「十六だそうなので、短命種ならば普通なのでは? ……誰かさんは何百歳になっても経験なしですので、少しのんびりしすぎなのですよ」
「そういうことは言わないでくれっ」
ムッとした顔で言葉を返されて、ボクオーンは吹き出した。
素が出かけて意地悪げになりかけた表情を、可憐な笑みに修正する。
舞台の上で踊る男女。
彼女の妹は舞台の前で頬を染めながら、憧れの眼差しを姉に向けていた。その様子に心を満たされて、ボクオーンは微笑みを浮かべた。
空は藍色に染まり、たくさんの星々とまんまるの月が現れた。
日が暮れたあとは大人の時間だ。
広場には篝火がたかれ、ごうごうと音を鳴らしながら、手を取り合って踊る男女を照らしている。
笛やリュート、太鼓が奏でる音楽が空に吸い込まれていく。
ボクオーンとワグナスは隣家の老婆にもらった肉料理を食べながら、酒を飲んでいた。振舞われた地酒は少し苦味が強いが、喉越しが良く、すいすいと飲めてしまう。
「飲み過ぎではないか?」
ボクオーンが機嫌よく微笑むと、ワグナスは渋面になる。
酒のせいか気持ちが軽く、とても愉快な気分だった。
「お二人も踊ってきたらどうだね?」
近くに座っていた村長に勧められる。
「いや、しかし。私は踊りを知らないので……」
「せっかくですから、行きましょうよ」
ボクオーンは渋るワグナスの手を取って、広場の中央に連れ出した。
「ボクオーン。君は、酔っているな」
「お貴族様のダンスでも合わせられますよ。何にしますか?」
「こんなところで踊れるわけがないだろう」
周りの男女はステップもでたらめで、手を取り合ってくるくると回っているだけだ。
それに倣ってワグナスと向かい合い、両手を繋いで音楽に合わせて回ってみた。しかし決められたステップがないため、逆に足を踏みつけてしまいそうで、二人とも腰が引けて辿々しい動きになる。
ワグナスは真剣そのものの顔で足元へと視線を落とし、ボクオーンの足を踏まないように気を張っていた。
そんな様子がおかしくてたまらなくて、ボクオーンは声をあげて笑った。
「やはり酔っているな」
ため息をついたワグナスが立ち止まるので、ボクオーンはそれを見上げた。ワグナスの右手がボクオーンの背中にそっと回され、引き寄せられる。彼の左手がボクオーンの右手を取った。
見つめ合う。
ボクオーンは、ワグナスの肩にそっと左手を乗せた。
「一曲だけだぞ」
「ちゃんと曲になっているんですかね。この笛の音は」
笛とリュートとが奏でる演奏は、同じフレーズを延々と繰り返しているだけだ。
「頭の中でワルツを演奏してくれ」
ワグナスは眉間に皺を寄せて、流れるような足運びで一歩を踏み出す。ボクオーンはそれに合わせて足を動かした。一歩、二歩、三歩。体が浮き上がるような感覚で回転が始まる。ボクオーンの白いローブの裾がふわりと広がった。篝火の灯りを反射して、蝶の刺繍が赤く輝いて揺れた。まるで蝶が舞うように。
視界がくるくると回り始める。
整えられていない、でこぼこの土の上なのに、まるで宮廷の艶やかな床の上を滑っているかのような、優雅な足運びだった。
ワグナスはかつて、社交界でも人気者だったのだろうな、と思った。姿勢良く優雅に踊る姿は堂々としていて、見とれてしまう。熱っぽい彼の瞳から目を逸らすことができず、濡れた瞳で見つめ返しながらステップを踏む。
この時がずっと続けば良いのに。願ってはいけないことなのは、分かっているが、今だけは――
くるりくるりと円を描き、そっと視線を合わせて微笑みあう。
踊るうちに、周囲の注目を集めていたことに気付いて動きを止めた。村人達にとっては異質な踊りだっただろう。
ボクオーンはローブの裾をつまんで、ワグナスは自身の胸に手を添えて、手を取り合ったまま恭しく一礼をした。そして二人は逃げるようにその場を後にした。
家に真っ直ぐに戻るのではなく、フィネアが咲き乱れる花畑に寄り道をした。
ボクオーンは勢いよく花の中に仰向けに寝転がった。汗ばんだ体に触れる、冷たい花の感触が気持ちが良い。
いつの間にか月の位置は高くなり、柔らかい光で下界を照らしていた。
ボクオーンの隣に、ワグナスも仰向けで転がる。
「この花に魔力を通さなければ、覗かれないのでしょうかね?」
「今は見られている感覚はないから、あの遺跡限定なのかもしれないな」
ボクオーンはぼんやりと空を見つめた。闇に浮かぶ無数の星々。あまりにもたくさん瞬いているので、落ちてきそうだ。
「……こんなに落ち着いた気持ちで、星を眺めたのは久しぶりだな」
しみじみとワグナスが呟く。
「趣味だったのではないですか?」
「趣味というか、それが仕事だったからな。夜にやることといえば、星を見ることだけだった。……遠い昔の話だがな」
追放された後はそんな余裕はなかっただろうし、あえて避けていた部分もあるのかもしれない。
手が、触れた。
ワグナスの冷たい指先が、ボクオーンの火照った手をそっと撫でる。
指を絡められた瞬間、胸の奥に小さな焔が灯ったようだった。それは静かに、しかし確かに熱を全身に行き渡らせる。
布擦れの音が聞こえた。
ボクオーンの頬を黒い癖っ毛がくすぐる。
ふと見上げれば、ワグナスの顔の向こうに、白く静かな月が浮かんでいた。
月光が逆光になったワグナスの顔は影になり、その表情が見えない。それでも、ボクオーンはそっと目を閉じた。
唇に、柔らかな温もりが触れる。
「抱擁の次は、口付けで合っているだろうか?」
「……合っています。でも、もうこんなことをする必要はありません。遺跡の装置を起動する必要はないのですから」
その言葉は、再び重ねられた唇にふさがれた。
彼の温もりが心の奥に染み込むようで。涙が出そうだった。
不思議と心は凪いでいて、唇から感じる熱も、抱きしめられた温もりも、全てが穏やかで心地良い。
きっと酔っているせいだろう。そう、思うことにした。
「君は迷っているのだろう? ならば、やれることをやって、後悔のない道を選ぼう……」
「何の話を……」
「君は隠し事をしている時、いつもより少しだけ口数が多くなる」
どきりと鼓動が高鳴る。
抱きしめられているから、ボクオーンの動揺などすぐに伝わったのだろう。ワグナスは得意げに笑った。
隠し事の内容もきっとお見通しなのだろう。
「……彼女が残した言葉は、私が彼女の元を訪れなければ、『風が呪いを運ぶ』です」
「……伝承でもあったな」
そうかと頷き、ワグナスは微笑んだ。
「世話になった村だ。害を与えると言うのであれば、助けなければならないな」
彼はそれが至極当たり前のように告げる。
「短命種などに関わっても、裏切られるだけです」
彼らは弱い。自分の利になる時は媚びへつらうくせに、すぐに手のひらを返す。ボクオーンは負の感情に身を置くことは慣れているが、ワグナスまで巻き込みたくない。
「それでも、私はこの村が好きだよ」
「……敵は精神攻撃を得意としています。何をしてくるのかわかりません」
「だが、策があるのだろう?」
しばし迷うように目を伏せた。隣の家の老婆と、姉妹達の顔が浮かぶ。彼女達だけであれば、攫っていけばいい。そんな守り方だってあるはずだ。
「共にいこう」
そう囁かれて、ボクオーンは観念したように頷いた。
体を起こして向き合う。ワグナスはボクオーンの手をとって、その甲にそっと唇を落とした。
「それで、次は?」
何を問われているのか分からずに、「は?」と間の抜けた声を上げる。
「口付けまででも問題ないかもしれないし、そもそも恋人関係が必要かどうかも曖昧だ。だが、恋人の条件を全て満たした状態で挑んだほうがいいと思うのだが、どうだろう?」
少し屈んだ状態になったワグナスの顔が、月明かりに照らされて青白く浮かび上がる。にっと、口端を上げた不敵な表情に、初日の初々しい彼の面影はない。
逆にボクオーンの方が鼓動を高鳴らせて、あたふたと狼狽える羽目になったのだった。