想いを乗せて花は咲く
10日目
十日目。
フィネアの赤色の花びらが紫色に変わった。
それに何か意味があるのか。
紫色に変色をしたフィネアを挟んで、ワグナスとボクオーンは難しい顔をしていた。
花からは魔力の類は感知できない。
「ワグナス殿がうなされている時間に、ほんの少しの魔力を感じました。私とワグナス殿以外の、微かな魔力です」
ただ、その程度の微量な魔力であれば自然現象でも発生することはあるので、気に留めてはいなかったそうだ。
現状、考えられる可能性は二つ。
一つは昨日、青水晶に触れた時に感じた悪寒――あの時にワグナスの精神が何らかの干渉を受けたこと。
もう一つは、遺跡のフィネアの花を駆除したことや牢獄を暴いたことで、呪いを連れてきたこと。
目覚めの直前に見たあの赤い影を思い出すと、背筋に冷たいものが走った。
悩んでいても答えは出ないため、本日の行動を決めて解散となった。
ボクオーンは木苺パイを焼き、隣の家にお裾分けに行くついでに伝承について探りを入れることになった。
ワグナスは遺跡に近づくことを禁止され、フィネアの花が変化する条件がないか、実験を行うことになった。
ボクオーンと別れたワグナスは、風を受けて草花がそよぐ花畑に腰を下ろした。様々な野花が咲く中で、多くを占めるのはフィネアの赤だ。
優雅に蝶々が舞うのを、なんとなく見上げる。
ここに来る前、家の前に咲いていたフィネアの花を水につけたりお湯で煮たりしたが、変化はなかった。火をつけたら燃えた。家を出る前に、日干ししたり地中に埋めたりもしてみたが、おそらく効果はないだろう。
次に取り組んでみたのは、魔力由来の実験だ。
ワグナスが現在扱える術法は、故郷の分類では火・風・天。
様々な属性の術を試すが変化はない。天術の癒しの光を当てても同じだ。
次に、花を摘んで直接魔力を注いでみた。大量の魔力を送ると、負荷に耐えられなくなった花が弾けた。
ふむと唸って、手のひらを上に向ける。ゆらりゆらりと落ちてくる花びらの一枚を受け止めた。
「ワグナスさーん」
呼ばれて顔を上げる。
村の方から、ボクオーンに花冠をくれた姉妹が歩いてくる。
「ねぇねぇ、どうしてワグナスさんの周りにはちょうちょがいっぱいいるの? 王子さまだから?」
少女が頬を紅潮させながら、興奮したようにまくしたてた。
ワグナスの周りには白・黄色・青色・アゲハ蝶など様々な蝶が飛んでいる。ワグナスはその光景に首を傾げた。
「私は王族ではないのだが、昔から蝶に好かれていたような気はするな」
姉妹は顔を見合わせ、同じようにうっとりとした瞳をワグナスに向けた。
「かっこいいからだねっ」
「蝶も虜にする美形、すごいですね」
反応に困り、ワグナスは口元に薄い笑みを浮かべた。
子供は好きだ。だが、どう接すれば良いのか分からない。
少女達はここで花冠を作りたいと言うので、話し相手になってもらうことにした。彼女達は祭り本番に向けて毎日花冠の練習しているそうだ。その手つきには迷いはなく、小さい手で器用に編んでいく。
「フィネアの花が咲くのは、今の季節だけなのか?」
「フィネアは一年中咲く花なんです。でも、一番多いのは今ですよ」
「今年はフィネアのお花がいっぱい咲いてるのよっ。巫女さまの想いは、風の神さまに届くかしら」
ニコニコと愛らしい笑顔を浮かべ、妹の少女が手を大きく掲げる。それを微笑ましげに眺めつつも、ワグナスの内心は複雑だった。
老婆の話の方が真実であるとすれば、『誰かの想いが届いていないから、呪いでフィネアの花が咲き乱れる』のだから。
「ねぇねぇ、ワグナスさん。ワグナスさんは、ボクオーンさんのどんなところが好きなの?」
「……っな!」
言葉に詰まる。
視線を彷徨わせて、口を何度か開け閉めする。誤魔化す言葉が思いつかず姉妹へ視線を戻すが、二人は期待に瞳を輝かせていた。
助け舟を出してくれる人もいないので、観念して口を開く。
「優しいところ、かな」
「ほかには?」
ワグナスはぎこちない笑みを浮かべながら、考えた。
この調査を始めて、遺跡の仕掛けのために恋人として振る舞うことになった。ワグナスは演技をするのが苦手なので、真剣に彼に向き合おうと決めた。
任務のために、ボクオーンが被った仮面は全くの別の人格だった。
最初は別人と過ごすようで緊張をしたが、そのうちにボクオーンとの共通点に気付くようになった。同一人物なのだから当たり前だ。
元々のボクオーンは感情をあまり表さず、口が悪く、冷徹だ。
しかし彼はいつだって我が強い仲間のフォローに回っていた。誰かが問題行動を起こせば注意をし、嗜めてくれる。好みがバラバラの七英雄の食事の世話だって、文句も言わずに引き受けてくれていた。
好きにならなければいけないという義務感が、彼の長所をたくさん拾って、どんどん魅力的に見せていった。
今では義務ではなく、自然と彼の姿を目で追ってしまう。
ふと、頬に触れる。誰かに叩かれ嗜められたのなどいつぶりであろう。
己が他人に縋り付くなんて――
「ワグナスさん?」
はっと我に返り、目の前の少女を見る。
彼女は急に黙ってしまったワグナスを心配しているようだ。
思考が漏れているわけはないのに、気恥ずかしくなった。熱を持つ頬を、緩みかける口元を、隠すように手を当て視線を逸らす。
「すまない。彼女の良いところを考えていたら、愛おしさが込み上げてきてしまって……。うまく言葉にできない」
少女達は目を見開いた直後に、顔を真っ赤に染めて悲鳴を上げた。
ひらり、と。白いものが視界を掠め、ワグナスは咄嗟にそれを掴んだ。
それはちぎれた花びらだった。先ほどワグナスが魔力を込めすぎて、霧散させた物だ。手にしていたことを忘れて顔を押さえたので落ちたのだろう。
確かに赤かったはずなのに、開いた手のひらにあるそれは、白色をしていた。
どきりと鼓動が跳ねる。これは、どういうことなのだろう。
興奮した様子でヒソヒソ話をする姉妹に、ワグナスは問うた。
「フィネアの花は赤以外も種類はあるのか? または、色が変わるという話を聞いたことがないだろうか」
姉妹は顔を見合わせ、首を振った。
そうか、と頷いたところで、姉の方が「あっ」と声をあげる。
「おとぎ話には何種類かあって、フィネアの花が白色のものもあるんです。巫女様の祈りを受けて、赤色に変わったって」
「そうか……なぜ、赤色に変わったかは知っているか?」
姉妹は顔を見合わせ、困ったように目を瞬かせた。
その可愛らしい様子に微笑みを浮かべて、質問を取り消そうとした時、妹の方が告げた。
「巫女さまは赤い髪と目をしているの。だからお花が赤くなったのかな」
「……ありがとう、参考になる」
赤い髪の巫女か、と心に留める。
ボクオーンに知らせなければならないなと考えながら、ワグナスは彼女達に頼み事をした。
「ボクオーンにフィネアの花を贈りたいんだ。摘むのを手伝ってくれないか?」
快く頷いてくれる姉妹に微笑みを送り、ワグナスもまた、フィネアの花を摘み始めた。
【十日目 調査報告
記録:ボクオーン
本日はフィネアの花についての聞き込みと、実験を行なった。
フィネアの花についての伝承
・伝承は数種類派生があり、元々フィネアの花は白だった説もある
・巫女の祈りで赤色に変わったとされる
フィネアの花が変色する条件
・魔力を注ぐと時間差で色が変わる
ワグナス:白色で中心は黄色
ボクオーン:紫色
得意属性に関連する? ワグナスは天術、ボクオーンは冥術
・ワグナスは花が飛散するほどに魔力を注がないと反応しない
・ボクオーンは少量の魔力でも反応がある
ボクオーンの属性に地術が含まれている、または植物の魔物の力を得ているためと仮説は立てられる
フィネアの花の変色で発現する現象は不明。
花はワグナスに悪夢を見せたことに関係がある可能性あり。その場合、花が心に干渉する力があると推測できる。
伝承から考えると、想いを届ける?
――誰の?
】