想いを乗せて花は咲く

はじまり


「潜入捜査の条件が恋人同士だと言うのでしたら、私とワグナス様で決定ですわ」
 七英雄一同が居並ぶ部屋に、ロックブーケの高い声が響いた。
 金色の瞳を輝かせた彼女は、頬を染めて満面の笑みを浮かべる。
「そんなことが認められるわけがないだろう」
 低く、短く。怒りを押し殺して彼女の兄であるノエルが告げた。彼の逆立った髪は怒髪天を衝いているかのように見える。
 議題を持ってきたボクオーンはため息をついた。

 時間は少し巻き戻る。
 
 故郷を追放されてたどり着いた、いくつ目かの異世界でのこと。
 元の世界に戻るため、都市で情報収集をしていたボクオーンとスービエは、とある遺跡の噂を聞いた。最奥に転移装置があり、異世界へ渡ることができる、という。
 その話を共有したのが、今朝のこの会議であった。
 
「転移した先には宝が眠っているようで、実際にそれを持ち帰った人間がいるらしいのです」
「その人物とは会えたのか?」
 七英雄のリーダーであるワグナスに問われ、ボクオーンは首を振った。
「当人達はすでに鬼籍に入っているとか。遺跡の話は彼らの子供に聞きました」
 転移した先は雲の上のような場所であったとボクオーンは続ける。浮遊島には朽ちた城があり、その宝物庫には金銀財宝がざっくざくだったのだと。
 目を輝かせるのはクジンシーで、ダンターグは興味がなさそうにあくびをしていた。ノエルとロックブーケの兄妹は偽情報を掴まされたのではないかと半信半疑の様子だ。
 ワグナスは表情を変えずにボクオーンの話を聞いていた。ボクオーンが言葉を止めて皆を見渡すと、ワグナスは顎に手をやって考える素振りを見せる。
「話の真偽は定かじゃないが、すげぇ豪邸に住んでたぜ、そいつ。先祖代々の高貴なご身分というよりは、成金って感じだった」
 ボクオーンの話を受けて、スービエが補足をする。貴族の生まれの彼の発言だからこその重みがあった。
 ワグナスは視線を落としたまま思考に耽っている。
 ふふっと、何かを思い出したスービエが笑い出したので、一同は彼に注目をする。
「ああ、悪い。その遺跡が面白いのは、転移装置を作動できるのは恋人同士だけなんだと」
「一気に胡散臭くなってきましたわね」
 ロックブーケの言葉に、ノエルは苦笑し、クジンシーはこくこくと頷いた。
 ボクオーンはスービエと視線を合わせ、彼の話を引き継いだ。
「別ルートからもその話は聞こえました。最奥の青に輝く水晶に、同時に触れた恋人二人の姿が、消えるのだそうです。仲間と一緒の時は装置は作動せず、二人だけの時に作動する、と」
 説明をしているボクオーンも、正直信憑性に欠ける話だとは思う。だが、噂があったことは事実なので、そのまま伝える。
「ちなみに、例の成金息子の場合は両親が装置を発動させたとのことでした」
 興味がないダンターグが船を漕ぎ始めた。いつものことだからと、ボクオーンは気にもせずに言葉を続ける。
「正直、異世界転移の線はないと思っています。ですが転移装置自体は存在している可能性が高い。何かの役に立つかもしれないので、調査をしてみる価値はあるかと思います」
「でも、恋人って条件が無理だよなぁ」
「装置は作動できればより良いですが、まずは条件も含めて、その水晶を調べるところから始めてみようかと」
 ボクオーンがスービエと話していると、視界の片隅に白く細い手がにゅっと掲げられた。
 何事かと視線を向ければ、満面の笑みを浮かべたロックブーケが手を上げていた。
 
 そして冒頭のロックブーケの発言に戻る。

 兄妹が揉めるのをボクオーンは無言で眺めていた。
 ノエル曰く。婚姻前の娘がワグナスといえど、二人きりで寝食を共にするなど言語道断。
 ロックブーケの反論は、しかし恋人の条件を満たすには男女の組み合わせが自然である。ならば相手を選ぶ権利は自分にあるはずだと。
「ならば俺もついていくので、三人で調査をしよう」
「ボクオーン、危険は伴う遺跡なのですか?」
「魔物はいないようなので、大人数で赴いても意味はないかと。残りは引き続き情報収集や、別の遺跡の探索に当たる予定です」
「でしたらやはり男女二人の組み合わせで、私とワグナス様で決まりですわ」
 話し合いは平行線を辿り、ボクオーンはため息をついた。
 クジンシーが手を上げて静かに何かを主張しているが、視線を向けるのも億劫なのでボクオーンは無視をした。
「ノエルとロックブーケの二人で行けば良いだろう」
 スービエの助け舟にノエルは一瞬顔を輝かせ、しかしすぐに渋面になってかぶりを振る。
「俺とロックブーケとで、遺跡の調査が捗るとは思えない。一人はボクオーンにすべきだ。逆に、ボクオーンが相手であれば間違いは起こらないだろうから、ロックブーケの同行を認める」
「それは信頼されているからなのか、違う意味が含まれているのか。……ああ、答えなくて良いです」
 ボクオーンは大きくため息をついて首を振った。
 ロックブーケは口を膨らませて、ふいっと顔を背けた。「じゃあ、私は行きません」と不貞腐れている様子だ。
 疲労を滲ませながら、ボクオーンは頷いた。
 
 さて、ようやく話が進められる。同行する人選としては、万一の事態を考えて戦闘力があり、遺跡調査も適度にこなし、村での情報収集を任せられる人が良い。自然と、遺跡の情報を説明する側に回っていた、隣に立つ男を見上げることになる。
 相手もそれは予想済みだったのか、視線に気付いてこちらを向いた。目が合う。
 その時。
「私が同行しても良いだろうか」
 控えめだが、凛とした響きのある声が上がった。
 ボクオーンとスービエは。いや、ダンターグ以外の全員がその声の主であるワグナスへと視線を向けた。
「転移装置については、かつて私も携わったことがあるので知見がある。浮遊島ならばその原理も多少は理解しているし、興味がある」
 遺跡の調査員としての能力はスービエに勝る。戦闘になった時に術主体になるためやや不安はあるが、そのような事態にはならないだろう。
「特に異論はありませんが」
 一同を見渡すと、わなわなと怒りで体を震わせているロックブーケ以外に、反対する者はいなさそうだ。
「そうと決まれば、早速準備に取り掛かりましょう」
 リーダーであり指揮役のワグナスと、軍師として作戦を立てるボクオーンが不在となる。留守中の皆への指示を残さねばと、細々としたことを考えながら部屋を出ようとした。
 しかし唐突に腕を引かれて、ボクオーンは驚きながら横を向いた。
 ボクオーンの腕を掴んでいるのはロックブーケだ。彼女は据わった目をして、口元に不気味な笑みを浮かべている。
「何か?」
「ワグナス様の恋人のふりをするのでしょう。でしたら、女装の必要があるのではなくて?」
「はぁ!?」
 あまりにも突飛な発想に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「恋人と言ったら男女が一般的ですわ。別に同性でも構いませんが、装置が発動する可能性を上げるには、そのように装った方がいいと思いますの」
 横のスービエから笑い声が上がる。
 ああ、これはダメな流れだ。ロックブーケとスービエの押しに負けるやつだとボクオーンは察した。
「成功したのは夫婦だし、村に潜入するにも男女の方が説明が容易だろう。ロックブーケの案には一理ある」
「あってたまりますか。ワグナス殿っ」
 助けを求めるように、二人の泣きどころであるワグナスに助けを求めるが、彼は苦笑を浮かべるだけ。説得を諦められているようである。
 女装の必要性がないことを説こうとしたが、二人の屁理屈に押し負けた。
 拒否権など最初からなかったのだろう。
 そしてボクオーンは、ロックブーケの着せ替え人形となるのであった。
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