ワグナス殿が塩対応な件
両片思いな感じ。
ワグナス殿が塩対応な件について〜ケース4〜
ふとした時に、視線が吸い寄せられる。
かちあう目と目。
金色の瞳がじっとこちらに向いていた。
ワグナスの体が震える。
恐怖ではない。感動でもない。ただ、若干の後ろめたさが身に染みる。
そっとさりげなく視線を逸らした。
わざとらしくなかっただろうか。
そわそわと落ち着かない気持ちになってくる。
腕を組み、窓から外を眺めると茜色の空が徐々に紺色に浸食されていた。鮮やかで目に眩しい朱が彼の髪の色と同じだと気付いて、視線を戻す。
彼は――ボクオーンはこちらに顔を背けて、ダンターグと話しをしていた。
なぜかは分からない。
だがそれがとても残念だと思えて、胸が重くなるのを感じた。
――という話を、酒の肴に披露した。
ノエルとスービエが呆れたような顔をしている。なぜそんな顔をされているのか分からず、ワグナスは眉間に皺を刻んだ。
二人は視線を交わし、「お前が言え」「従兄弟だろう」「友人だろう」と何かをなすりつけあっている。
そっと息を吐いて、ワグナスはグラスを手に取ってワインを一気に煽った。果実の酸味とアルコールのほろ苦さが口の中に広がる。
「お前さ、それって、恋に落ちたんじゃないのか」
「こい?」
大きく瞬きをして、ワグナスは素っ頓狂な声を出した。
スービエは茶化すところがあるからと、誠実なノエルに意見を求めるような視線を送る。目が合うと、彼は腕組みをしながらゆっくりと頷いた。
ワグナスは顎に手を当てた。
「恋か……」
言葉に意味を乗せて口にした瞬間、血が沸騰して全身が熱くなる。
体の反応も感情も制御することができずに、ワグナスは動揺して口元を抑えた。そうしていないと、何かを口走ってしまいそうだった。
微笑ましげにこちらを見るノエルと、緩む頬を隠そうともしないスービエから視線を逸らすように、ワグナスは目を伏せた。
それからというもの、ボクオーンと目が合うことが増えた。
暗闇を裂く月のような瞳が、ワグナスの心を暴くようにこちらを向いている。
この気持ちを明かしても良いのだろうか。ためらい、ついと視線を逸らせる。
見つめすぎてはボクオーンの不興を買うかもしれない。
しかし月の魔力に導かれるように、気付くと彼のことを見つめてしまうのだ――
「迷惑ではないだろうか」
「俺に聞く意味ある?」
戦闘訓練の休憩時間に、ワグナスとスービエは木陰で休んでいた。
最近ボクオーンのことを見過ぎかもしれないと、恥を忍んでスービエに相談をしてみた。その結果、返ってきたのは冷たい一言だった。
だが、それは正しい。
ワグナスは頷いて、話を止めようとした。
今は訓練中だ。もっと真面目な話をしようと陣形についての意見を述べようとした時、ククッと笑うスービエの声が耳に入ってきた。
「なんで目が合うのか、その理由を考えてみれば?」
スービエの視線を追うと、手にたくさんの本を抱えたボクオーンが立っていた。
彼はこちらを見ていた。
しかし視線が合うと、踵を返して立ち去ってしまう。
ワグナスはその後ろ姿を目で追いながら、スービエの言う理由を考えてみた。
目が合うという行為は一人では成り立たない。相手も同じだからこそなのだ。
それに気付き、息を呑む。
「……ボクオーンのやつ、荷物が重そうだな」
「ああ。……手伝ってくる」
訓練を抜け出す口実を与えられ、ワグナスは駆け出した。
廊下を歩くボクオーンに背後から声をかけた。
ワグナスは彼の持つ本を半分受け取り、並んで歩き出す。
「最近、君とよく目が合うと思っていた」
自分の心臓がうるさく騒ぐ音を聞きながら切り出すと、「そうですね」と平坦な声が返ってくる。
ボクオーンにも自覚はあったらしい。
どきりと鼓動が大きな音を立て、鼓膜を打った。
次に言うべき言葉を悩んでいると、消え去りそうな小さな声が耳に届いた。
「……迷惑だったでしょうか」
「そんなことはない!」
咄嗟に叫んでしまう。
ボクオーンは驚いたように目を見開いてワグナスを見上げた。
歩みが止まる。
数歩前に進んだワグナスは振り返り、彼に向き合った。
しかし彼は視線を逸らすように俯いてしまう。
「……失礼しました。いつも視線を逸らさせるので、迷惑だったのかと」
「そんなことはない。私は君に好意を抱いているから、気恥ずかしかったのと、見ていることがバレて君に不審に思われないかと思って……」
誤解を解こうとしどろもどろと言葉を紡いでいく。
ボクオーンの肩が震えた。大輪の薔薇が花咲くように頬がぽっと紅に染まった。
縋るように真っ直ぐにワグナスを仰ぐ宝石のような瞳がとても綺麗で、ワグナスは彼に見惚れた。
しばらく無言で見つめ合う。
「その……私に好意を抱いているとは、一体どのような意味でしょうか」
心臓が飛び出すくらいに驚愕をする。
うっかり己の想いを口にしてしまったようだ。
視線を逸らそうとして、堪える。もう彼を不安にさせてはいけないと思った。
だから腹を括ることにした。
「そのままの意味だ」
「……仲間として?」
「違う。私は君のことを愛している」
ボクオーンの喉が鳴る。
呆然と見上げて来る彼の口元が緩む。心の底から嬉しそうな、満開の微笑みで彩られた。
「ありがとうございます。私も、あなたのことが好きです」
その笑顔が眩しくて、抱きしめようとした。だがワグナスもボクオーンも両手に本を抱えている状態だ。
眉間に皺を寄せて唸ると、ボクオーンが吹き出した。
「なんですか。その、不満そうな顔は」
朗らかに笑うそんな表情は初めて見るもので、ワグナスも声をあげて笑った。
「君を抱きしめたいと思ったのだ。……だが今は仕事を片付けることにしよう」
ボクオーンは頷き歩き出した。
隣に並んだボクオーンに合わせるように、ワグナスも歩み出す。
いつもよりも少しだけ近い距離に並んで、ゆっくりと。