※彼女と犬設定　
短い死ネタです


「助からぬものを助けるふりをするのは、偽善だけでなく技術と労力の浪費だ」

横腹から血が流れていくのを体で感じながら、ソファに横たわるオーベルシュタインはあわてる医者たちにそう言った。

「ラーベナルトとフロイラインに伝えてもらいたい。
私の遺言状はデスクの三番目の引き出しに入っているから、慰労なく執行すること。
それと犬にはちゃんと鶏肉をやってくれ。
もう先は長くないのだから好きにさせてやるように。」

本当に、言い残すことはそれだけだろうか。
者たちが眉を寄せているのを見て、オーベルシュタインは付け加える。

「ラーベナルトは我が家の執事だ。
フロイラインは……」

彼女を、なんといえばよいだろう。
ただ扶養している娘。
けれどそういうにはあまりに冷たい気がした。
この他人たちにフロイラインとの関係を話してやる意味はないけれど、彼女はきっと最期をみとったとしてこの医者たちに話を聞くはずだ。その時ただ扶養していた娘だと自分が最後に言ったことを知れば、必ず悲しむだろう。

――パウル様！

義眼が、瞼の裏に移している気がした。

――パウル様、私が肩をもんで差し上げます！　いいですか、肩こりは目からくるので適度に目も休めてください。義眼とか、関係ないですからね

無邪気に笑って、老犬や執事や自分をいたわったゆいいつの人の姿。

――ねぇ、パウル様。あなたが軍を退役する日が楽しみだわ。そうしたら、朝から晩まで私に付き合ってもらうの

「……フロイラインは、私のたいせつな人だ。
私は彼女に深く感謝している。……それだけだ」

それからきっかり３０秒後、パウル・フォン・オーベルシュタインは息を引き取った。
後日その話を聞かされて、フロイラインは泣きながら笑った。

「お気の毒でした」

若い彼女を気遣いそう声をかける者たちに、フロイラインは言った。

「いいんです、ヴァルハラで今度こそお嫁にもらっていただきますもの。
ちょっとだけ先延ばしになっただけだから、私はパウル様に胸を張れるようにここでやれることをやるだけです」


最期に浮かぶもの


あとがき
オーベルシュタインの死を嘆く人がいたらいい。