1章 北風使いの生まれ変わり

『サトシだって、あたしがいない方がいいじゃん。自分の父親を奪った奴が消えた方が嬉しいでしょ?』

そのあと、自分は彼女を殴った記憶がある。まだハッキリとは思い出せないが、辛い記憶なのかもしれない。冷や汗が止まらない。

「サトシ、汗が……」
「いい。続けてくれ」

シゲルが様子に気づいて話を止めようかと考えたが、サトシは首を横に振った。シゲルは仕方なく続ける。

「君達の関係は少し変化した。サトシはサトシで、ミズカはミズカで変に遠慮をするようになった。だが、何故そうなったのかは明白。2人とも、大切な存在には変わりなかったんだよ。だから、互いを思いやって上手く噛み合わなかった」
「……」
「そんなとき、ミズカは僕らが自分の父親から傷つけられる仲間を見たくなくて、一人で父親に会いに行った」

シゲルの説明と共に、サトシの脳裏には記憶が少しずつ蘇っていく。夜の道を焦りながら走っている自分がいる。走って走って、その先に待ち受けていたのは最悪の結果だった。

「これ以上は……、話さなくても思い出しそうだね」

シゲルは説明をやめる。今のサトシにはオーキド研究所の庭は目に映っていない。映っているのは、少女の倒れているところ。血を流していた。サトシの手にも血がついた。彼女は父親に刺された。

あのときは、本当にショックだった。父親が妹を殺そうとした。その事実がサトシを苦しめた。なんでミズカなんだよ。そう思った。

彼女は一命を取り止めた。父親とは最後まで戦った。本当は父がミズカを殺したくない気持ちがあることを知った。最後までミズカを殺そうとした理由は教えてくれなかったが。

ああ、そうだった。ミズカは父親の件を解決したから向こうの世界を選んで帰ったんだった。

息をゆっくり吐く。背中は汗でベトベターのようにベタついている。きっと、ミズカと父親の件が自分の思い出そうとする記憶に蓋をしていたのだろう。

だけど、思い出して後悔はしていない。サトシ自身、ミズカのことは好きだ。気が合うし、バトルはできるし、一緒にいて楽しくもあった。妹だと知って、傷ついたのは多分、ミズカの方。サトシは10年前に初めてミズカに会った日、ミズカに対して嫉妬し、恨んだ。

それでもミズカは最後、自分とのバトルが一番楽しいと言った。兄が自分で良かったと言ってくれた。サトシはわけもわからず流れる涙を見せないように深く帽子を被る。

「……ミズカ、ここにいるのか」

声が震える。

8年前の別れのとき、何度も止めたくなった。それでも、家族に捨てられたことを身をもって知っているサトシにはできなかった。

「どこかにね。きっと記憶は戻っていないんだと思う」
「……あいつ、記憶が戻ってたら、生存確認だけはしてきそうだもんな」

きっと頼っては来ないだろうが。

サトシは胸が苦しくなった。ミズカを殺してほしくなくて、父ノリタカに直談判したときを思い出す。

『これからも辛いことがあるかもしれない。だったら殺してやった方がいい。そう思わないか?』

これからの辛いこと。きっと、ノリタカはこの件を指していた。ミズカがこれから大きなことに巻き込まれる。破滅の力を持っていて、誰かがそれを利用しようとしている。

きっとミズカは、自分の持っている力にショックを受ける。それに自分を責めてしまうだろう。サトシは静かに立ち上がった。

「要はミズカを追いかけて、世界を破滅させようとしている組織を倒せばいいんだよな」
「簡単に言うね……。君が言うと出来そうなところが怖いところだけど」

シゲルは苦笑した。彼は今やチャンピオンと呼ばれる存在だ。組織を潰すことまで考えたら、彼の力は必要不可欠。シゲルもだからこそ話した。

「まずはオーキド博士だな」

サトシとシゲルは研究所の客室に戻った。
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