7章 シャイルとミズカ
――つい1時間前まで、サトシとシゲルは何か手掛かりはないかと、クチバシティのサクラギ研究所にいた。
サトシはこの研究所で一時期、リサーチフェロー――特別研究員をやっていたことがある。あちこちの地方へまわって、色んなポケモンを探しに行った。
同じくリサーチフェローを共にした友人のゴウがスイクンをゲットしていることから、何か繋がりがあればと思って来たが何も手掛かりはなし。
ゴウのスイクンと、ミズカを北風使いの生まれ変わりだと言ったスイクンはまったくの別個体だった。
「サクラギ博士、ありがとうございました。おい、シゲル。行こうぜ」
「あぁ」
何もないなら、ここにいる必要はない。そう思ってシゲルに声をかけると、ちょうどポケギアに着信があった。
「あ、リョウスケか」
「お疲れ様です」
いつになく丁寧な言葉遣いだった。
「あの、冷静になって聞いてくれますか?」
「……え、あぁ」
リョウスケの切羽詰まったような言葉に、少しサトシは気圧される。なんとか頷いた。
「俺、少し前まで北風使いを追っている組織の一員でした」
「……は? だってお前……」
サトシは目を見開く。ミズカを追っている組織の一員?
いや、だったら何故、わざわざ自分からタカナオと旅をすると言ったのだろうか。何か企みがあってなのか。いや、それとも過去形で言っているから出て行った後ということなのか。頭が混乱する。
「だから、俺は悪の組織にいたんです。そこにミズカさんもシャイルと名乗ってて……。俺はミズカさんに協力してました」
サトシがシゲルに聴こえるようにスピーカーをオンにしながら、リョウスケの話を聞いた。
ミズカという単語を聞いて、サトシもシゲルも固まった。リョウスケから知らされる真実は急だ。しかし、どんなタイミングで聞いたって衝撃なことだった。
「ちょっ……、お前何言ってんだよ」
「説教なら後でいくらでも受けます。とにかく今は時間までにクチバシティのファミレスに行って下さい」
驚くしかなかった。ミズカに協力していて、居場所を知っている者がこんなすぐ近くにいたなんて。説教ならいくらでも受ける……。おそらく彼は殴られる覚悟でいる。
思考を停止させていると、シゲルが疑問をぶつける。
「わかった。今、ちょうどクチバシティだから、ファミレスに向かおう。だが、君やミズカが組織の一員だというのはどういうことだい?」
シゲルは冷静そうだったが、場所を考えられていない程度には冷静さを欠いていた。サクラギが気を遣って、二人を客室に案内する。
リョウスケはまず自分のことを話し、そこでミズカに会ったことを話した。そして、次にミズカは破滅の鍵を探さなければならず、そのために記憶を戻すことが必要なのだとリョウスケは言った。
だから、追われている場合ではなく、しばらくは様子を見るために、組織の中でカルナには北風使いなのをバレている状態で所属していたという。そして、その組織こそNWGなのだと。
その話を聞いて、サトシもシゲルも少し納得した。NWGと悪の組織が一致した。道理でミズカはNWGに助けを求めないはずだ。
「ボスのカルナにはバレていたというのは?」
「名前です。シャイルって名前、北風使いの名前なんです。わざとその名前を使って、一部にしかわからないようにしていたらしいです。カルナにとっても目の届くところに北風使いがいて安心だったんですよ」
なるほど、とシゲルは思う。自分もシャイルという名前に引っ掛かっていた。スイクン伝説にあった北風使いの名前だったからだ。
「タカナオと旅をするという話は偶然ではなかったんだね」
「……はい。ミズカさんが警察に電話するタイミングを知っていたので、偶然帰ったフリをしました。ミズカさんにタカナオを守るように頼まれていたんです」
サトシとシゲルは顔を見合わせる。自分のことより弟を優先……。その行動は間違いなくミズカだ。
「じゃあ、向こうの世界へタカナオを連れてきたとき、襲ってきた相手は知ってるやつだったのか?」
珍しくサトシが頭を回す。一周回って冷静になってきた。
「相手は、もう一人の仲間でした。マルナって奴なんですけど、マルナにタカナオをこっちの世界に連れてこいって命令が下ったんで、俺がぶつかってタカナオを連れてくる作戦にしたんです」
「……ミズカは行かなかったのか?」
サトシの質問にリョウスケは言葉が詰まった。普段のミズカならリョウスケに危ない橋を渡らせることはしない。
仮定していたことが事実なのではないかとサトシは思った。
「……ミズカさん。もうあっちの世界に戻れないんです」
やっぱり……。サトシは胸がギュッと苦しくなった。オーキドの仮説通りだ。ミズカはあっちの世界では存在を消されている。
「あいつ……。ずっと頑張ってたのか……」
サトシは頭を抱えて座り込んだ。なんで頼ってくれなかったんだと思う。もう8年前とは違う。一番体力のある年齢になったし、ポケモンバトルだってチャンピオンと呼ばれるまでになった。記憶がなくたって、ミズカは自分がチャンピオンであることを知っているはずだ。
「すみません。何度かサトシさん達に会わないのか促したんですけど……」
リョウスケはサトシの気持ちを察して謝る。
「記憶が戻っていないんだね?」
「……はい。まるで思い出せないみたいです。だから、記憶にない人に頼れないって……。でも、一番は怖いんじゃないかと思います。会うのが。事情はよく知らないんすけど、そんな風に感じました」
「だったらどうして今回会ってくれることになったんだい?」
「説得しました。俺はもうタカナオやヒナにNWGの一員であるとバレたし、敵がまた襲撃してくるのも時間の問題だと思ってます。占い師からは記憶を思い出せば破滅の鍵は見つけられると言われてるんで、サトシさん達に会ったほうが思い出せるんじゃないかと……」
リョウスケはずっと説得してくれていたらしかった。そして、ようやく会ってくれる気になったらしい。
「もしかしたら、ミズカさん。喋ってくれないかもしれません」
リョウスケがそう言うと、サトシとシゲルは顔を歪めた。
「……サトシさん、シゲルさん。宜しくお願いします! シャイルさんとマルナを助けてやって下さい!」
その言葉を最後に、彼は電話を切った――。
サトシはこの研究所で一時期、リサーチフェロー――特別研究員をやっていたことがある。あちこちの地方へまわって、色んなポケモンを探しに行った。
同じくリサーチフェローを共にした友人のゴウがスイクンをゲットしていることから、何か繋がりがあればと思って来たが何も手掛かりはなし。
ゴウのスイクンと、ミズカを北風使いの生まれ変わりだと言ったスイクンはまったくの別個体だった。
「サクラギ博士、ありがとうございました。おい、シゲル。行こうぜ」
「あぁ」
何もないなら、ここにいる必要はない。そう思ってシゲルに声をかけると、ちょうどポケギアに着信があった。
「あ、リョウスケか」
「お疲れ様です」
いつになく丁寧な言葉遣いだった。
「あの、冷静になって聞いてくれますか?」
「……え、あぁ」
リョウスケの切羽詰まったような言葉に、少しサトシは気圧される。なんとか頷いた。
「俺、少し前まで北風使いを追っている組織の一員でした」
「……は? だってお前……」
サトシは目を見開く。ミズカを追っている組織の一員?
いや、だったら何故、わざわざ自分からタカナオと旅をすると言ったのだろうか。何か企みがあってなのか。いや、それとも過去形で言っているから出て行った後ということなのか。頭が混乱する。
「だから、俺は悪の組織にいたんです。そこにミズカさんもシャイルと名乗ってて……。俺はミズカさんに協力してました」
サトシがシゲルに聴こえるようにスピーカーをオンにしながら、リョウスケの話を聞いた。
ミズカという単語を聞いて、サトシもシゲルも固まった。リョウスケから知らされる真実は急だ。しかし、どんなタイミングで聞いたって衝撃なことだった。
「ちょっ……、お前何言ってんだよ」
「説教なら後でいくらでも受けます。とにかく今は時間までにクチバシティのファミレスに行って下さい」
驚くしかなかった。ミズカに協力していて、居場所を知っている者がこんなすぐ近くにいたなんて。説教ならいくらでも受ける……。おそらく彼は殴られる覚悟でいる。
思考を停止させていると、シゲルが疑問をぶつける。
「わかった。今、ちょうどクチバシティだから、ファミレスに向かおう。だが、君やミズカが組織の一員だというのはどういうことだい?」
シゲルは冷静そうだったが、場所を考えられていない程度には冷静さを欠いていた。サクラギが気を遣って、二人を客室に案内する。
リョウスケはまず自分のことを話し、そこでミズカに会ったことを話した。そして、次にミズカは破滅の鍵を探さなければならず、そのために記憶を戻すことが必要なのだとリョウスケは言った。
だから、追われている場合ではなく、しばらくは様子を見るために、組織の中でカルナには北風使いなのをバレている状態で所属していたという。そして、その組織こそNWGなのだと。
その話を聞いて、サトシもシゲルも少し納得した。NWGと悪の組織が一致した。道理でミズカはNWGに助けを求めないはずだ。
「ボスのカルナにはバレていたというのは?」
「名前です。シャイルって名前、北風使いの名前なんです。わざとその名前を使って、一部にしかわからないようにしていたらしいです。カルナにとっても目の届くところに北風使いがいて安心だったんですよ」
なるほど、とシゲルは思う。自分もシャイルという名前に引っ掛かっていた。スイクン伝説にあった北風使いの名前だったからだ。
「タカナオと旅をするという話は偶然ではなかったんだね」
「……はい。ミズカさんが警察に電話するタイミングを知っていたので、偶然帰ったフリをしました。ミズカさんにタカナオを守るように頼まれていたんです」
サトシとシゲルは顔を見合わせる。自分のことより弟を優先……。その行動は間違いなくミズカだ。
「じゃあ、向こうの世界へタカナオを連れてきたとき、襲ってきた相手は知ってるやつだったのか?」
珍しくサトシが頭を回す。一周回って冷静になってきた。
「相手は、もう一人の仲間でした。マルナって奴なんですけど、マルナにタカナオをこっちの世界に連れてこいって命令が下ったんで、俺がぶつかってタカナオを連れてくる作戦にしたんです」
「……ミズカは行かなかったのか?」
サトシの質問にリョウスケは言葉が詰まった。普段のミズカならリョウスケに危ない橋を渡らせることはしない。
仮定していたことが事実なのではないかとサトシは思った。
「……ミズカさん。もうあっちの世界に戻れないんです」
やっぱり……。サトシは胸がギュッと苦しくなった。オーキドの仮説通りだ。ミズカはあっちの世界では存在を消されている。
「あいつ……。ずっと頑張ってたのか……」
サトシは頭を抱えて座り込んだ。なんで頼ってくれなかったんだと思う。もう8年前とは違う。一番体力のある年齢になったし、ポケモンバトルだってチャンピオンと呼ばれるまでになった。記憶がなくたって、ミズカは自分がチャンピオンであることを知っているはずだ。
「すみません。何度かサトシさん達に会わないのか促したんですけど……」
リョウスケはサトシの気持ちを察して謝る。
「記憶が戻っていないんだね?」
「……はい。まるで思い出せないみたいです。だから、記憶にない人に頼れないって……。でも、一番は怖いんじゃないかと思います。会うのが。事情はよく知らないんすけど、そんな風に感じました」
「だったらどうして今回会ってくれることになったんだい?」
「説得しました。俺はもうタカナオやヒナにNWGの一員であるとバレたし、敵がまた襲撃してくるのも時間の問題だと思ってます。占い師からは記憶を思い出せば破滅の鍵は見つけられると言われてるんで、サトシさん達に会ったほうが思い出せるんじゃないかと……」
リョウスケはずっと説得してくれていたらしかった。そして、ようやく会ってくれる気になったらしい。
「もしかしたら、ミズカさん。喋ってくれないかもしれません」
リョウスケがそう言うと、サトシとシゲルは顔を歪めた。
「……サトシさん、シゲルさん。宜しくお願いします! シャイルさんとマルナを助けてやって下さい!」
その言葉を最後に、彼は電話を切った――。