10章 8年前
「どう? 落ち着いた?」
カスミに聞かれ、ミズカは頷いた。片手には紙袋。どうやら、本当に過呼吸だったらしい。
「まさか、こんなところで過呼吸になると思わなかった……」
「なったことあるのかい?」
シゲルに聞かれて、ミズカは苦笑した。
「なったことがなきゃ、あたしが過呼吸なんて知るわけないよ……」
紙袋をギュッと握り締めた。落ち着いたら、迷惑をかけたことに申し訳なくなってきた。
「サトシ……、ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「だって、こんな事になったのあたしのせいじゃん。なのに、こんな取り乱して、迷惑かけて……。皆もごめん……」
ミズカの表情は物凄く暗かった。サトシ達は顔を見合わせる。確かに、あんな取り乱すミズカは初めて見るが、ミズカの背負わされているものを考えると、あれはタカナオが悪い。
よっぽど、タカナオの言葉がショックだったとわかる。無論、タカナオに打ち明けた事実が重かったのは百も承知だが。
「バレた時点である程度は予想してたの。タカナオ、あたしが相手だと思ってもないこと言うし、あたしもそうだし、姉弟だから……。キツいこと言われても平気だと思ってた。……でも……、さすがにあの言葉は……」
声が震える。自分の存在を否定された言い方。思い出すだけで、また涙が出てきそうだった。
「弱いね。あたし……」
「そう言うな。お前は強いぞ。マルナ達がいたとはいえ、NWGにいて頑張っていたんだろう?」
タケシにそう言われ、ココアを渡された。
「ありがとう」
タケシの心遣いには尊敬する。そして、何も変わらないな、とも思う。ココアに口を付ける。ココアの温かさとタケシの気持ちが心に染みた。
「俺、もう一度タカナオに話してくるよ。聞いてもらえないかもしれないけど」
落ち着いたミズカを見て、サトシは立ち上がる。
「あたしも行くよ」
「まずは、気持ちの整理だろ? 俺に任せろって! ピカチュウ、行こうぜ!」
「ピカピカ」
サトシはピカチュウを肩に乗せ行ってしまった。ミズカは、困った表情をするが、とりあえずは彼に任せることにした。
サトシが食堂を出て、部屋に向かおうとすると、タカナオにバッタリ会った。彼は驚いた表情でサトシを見る。
「ちょっと良いか? ちょうど話に行こうと思ってたんだ」
「え……、うん」
ニコッと笑うサトシに戸惑いを見せながらもタカナオは頷いた。二人はポケモンセンターのロビーにあるベンチに座る。
「ヒカリ達から聞いたみたいだな」
「うん……」
「俺達も聞いた時は、上手く受け止められなかった」
「うん」
「それでも何とかしようとして、仲を取り戻そうとしたら、壁にぶち当たった」
「壁?」
「あぁ。ミズカにどう接すれば良いかわからなくなってた。このまま旅仲間として接するのか、切り替えて、妹として……家族として接するのか」
サトシは苦笑した。昔は混乱もいいところだった。変なふうに遠慮して、お互いに気にしてしまって。うまく噛み合わなかった。
「どっちにしたの?」
「どっちも」
「え……、どっちもって……。仲は取り戻せたの?」
「いや、無理があった」
サトシの言葉にタカナオは苦笑した。
「難しいんだ。思ってた以上にさ。お互いずっと不安になってたことをしまい込んでた。しかも同じ悩み」
「悩み?」
「なんだと思う?」
サトシに聞かれて考え始める。彼らは何を思っていたのだろう。何があっても切れなかった絆、きっとお互いの関係を崩したくなかったはずだ。崩すような言葉があるとすれば、相手を傷つける言葉に違いない。
「嫌われたと思ってたの?」
「まあ、そんな感じだな。いつも俺が兄と知って嫌だったんじゃないかって考えてた」
サトシはニッと笑いながら、そう言った。
「二人して気になってた。でも、何を言えば良いかわからなかった。だから、ホッと出来なかったし、兄妹だと知らなかった時と比べて、違和感があった」
「仲が戻ったのはいつなの?」
「別れ際」
その言葉を聞いて驚いた。つまり、最後の最後でやっと仲を取り戻せたのだ。
「最後だったから、これだけは言わなくちゃと思ってたんだよな。俺もミズカも」
「なんて言ったの?」
「ミズカが妹で良かった。ミズカも俺が兄で良かったって言ってくれた」
サトシは立ち上がって伸びをした。今、サトシがどちらかと聞かれたら、おそらくは妹という意識が強い。友達みたいな妹。そんな言葉がしっくり来る。
タカナオから見て、彼の背中は大きく感じる。それは少し姉の背中と被った。いつもドンと大きなものを背負ったような背中に兄妹なのか。皮肉にもそう思う。
「これが俺とミズカのこと。確かに仲いいから解決した部分もあったと思う。でも、タカナオはどう思ってるかわからないけど、タカナオと会うのも楽しみにしてたんだぜ?」
「え?」
聞き返すと、ピカチュウがこくこくと頷いている。
「8年前、解決後すぐってまだミズカが向こうの世界に帰ることを知らなかった。だから、ミズカとまた旅を楽しめると思ってたし、タカナオも連れてきてくれないかって」
「……」
「だって兄弟なんだろ? 会ってみたいじゃんか」
サトシの言葉に毒気を抜かれる。サトシはまったく父親を奪われたなど自分たちに思っていない。
――何、ムシャクシャしてたんだろう。
サトシもミズカも悪くない。ただ先に事実を知っていただけなのだ。逃げてはいけない。受け止めなくてはならない。
「ごめんなさい、僕……」
「良いんだよ。本当はそんなこと思ってないんだろ?」
「うん」
「ミズカもわかってるって! 食堂に行こうぜ」
サトシの言葉に大きく頷いた。そして、食堂に戻ることにした。
カスミに聞かれ、ミズカは頷いた。片手には紙袋。どうやら、本当に過呼吸だったらしい。
「まさか、こんなところで過呼吸になると思わなかった……」
「なったことあるのかい?」
シゲルに聞かれて、ミズカは苦笑した。
「なったことがなきゃ、あたしが過呼吸なんて知るわけないよ……」
紙袋をギュッと握り締めた。落ち着いたら、迷惑をかけたことに申し訳なくなってきた。
「サトシ……、ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「だって、こんな事になったのあたしのせいじゃん。なのに、こんな取り乱して、迷惑かけて……。皆もごめん……」
ミズカの表情は物凄く暗かった。サトシ達は顔を見合わせる。確かに、あんな取り乱すミズカは初めて見るが、ミズカの背負わされているものを考えると、あれはタカナオが悪い。
よっぽど、タカナオの言葉がショックだったとわかる。無論、タカナオに打ち明けた事実が重かったのは百も承知だが。
「バレた時点である程度は予想してたの。タカナオ、あたしが相手だと思ってもないこと言うし、あたしもそうだし、姉弟だから……。キツいこと言われても平気だと思ってた。……でも……、さすがにあの言葉は……」
声が震える。自分の存在を否定された言い方。思い出すだけで、また涙が出てきそうだった。
「弱いね。あたし……」
「そう言うな。お前は強いぞ。マルナ達がいたとはいえ、NWGにいて頑張っていたんだろう?」
タケシにそう言われ、ココアを渡された。
「ありがとう」
タケシの心遣いには尊敬する。そして、何も変わらないな、とも思う。ココアに口を付ける。ココアの温かさとタケシの気持ちが心に染みた。
「俺、もう一度タカナオに話してくるよ。聞いてもらえないかもしれないけど」
落ち着いたミズカを見て、サトシは立ち上がる。
「あたしも行くよ」
「まずは、気持ちの整理だろ? 俺に任せろって! ピカチュウ、行こうぜ!」
「ピカピカ」
サトシはピカチュウを肩に乗せ行ってしまった。ミズカは、困った表情をするが、とりあえずは彼に任せることにした。
サトシが食堂を出て、部屋に向かおうとすると、タカナオにバッタリ会った。彼は驚いた表情でサトシを見る。
「ちょっと良いか? ちょうど話に行こうと思ってたんだ」
「え……、うん」
ニコッと笑うサトシに戸惑いを見せながらもタカナオは頷いた。二人はポケモンセンターのロビーにあるベンチに座る。
「ヒカリ達から聞いたみたいだな」
「うん……」
「俺達も聞いた時は、上手く受け止められなかった」
「うん」
「それでも何とかしようとして、仲を取り戻そうとしたら、壁にぶち当たった」
「壁?」
「あぁ。ミズカにどう接すれば良いかわからなくなってた。このまま旅仲間として接するのか、切り替えて、妹として……家族として接するのか」
サトシは苦笑した。昔は混乱もいいところだった。変なふうに遠慮して、お互いに気にしてしまって。うまく噛み合わなかった。
「どっちにしたの?」
「どっちも」
「え……、どっちもって……。仲は取り戻せたの?」
「いや、無理があった」
サトシの言葉にタカナオは苦笑した。
「難しいんだ。思ってた以上にさ。お互いずっと不安になってたことをしまい込んでた。しかも同じ悩み」
「悩み?」
「なんだと思う?」
サトシに聞かれて考え始める。彼らは何を思っていたのだろう。何があっても切れなかった絆、きっとお互いの関係を崩したくなかったはずだ。崩すような言葉があるとすれば、相手を傷つける言葉に違いない。
「嫌われたと思ってたの?」
「まあ、そんな感じだな。いつも俺が兄と知って嫌だったんじゃないかって考えてた」
サトシはニッと笑いながら、そう言った。
「二人して気になってた。でも、何を言えば良いかわからなかった。だから、ホッと出来なかったし、兄妹だと知らなかった時と比べて、違和感があった」
「仲が戻ったのはいつなの?」
「別れ際」
その言葉を聞いて驚いた。つまり、最後の最後でやっと仲を取り戻せたのだ。
「最後だったから、これだけは言わなくちゃと思ってたんだよな。俺もミズカも」
「なんて言ったの?」
「ミズカが妹で良かった。ミズカも俺が兄で良かったって言ってくれた」
サトシは立ち上がって伸びをした。今、サトシがどちらかと聞かれたら、おそらくは妹という意識が強い。友達みたいな妹。そんな言葉がしっくり来る。
タカナオから見て、彼の背中は大きく感じる。それは少し姉の背中と被った。いつもドンと大きなものを背負ったような背中に兄妹なのか。皮肉にもそう思う。
「これが俺とミズカのこと。確かに仲いいから解決した部分もあったと思う。でも、タカナオはどう思ってるかわからないけど、タカナオと会うのも楽しみにしてたんだぜ?」
「え?」
聞き返すと、ピカチュウがこくこくと頷いている。
「8年前、解決後すぐってまだミズカが向こうの世界に帰ることを知らなかった。だから、ミズカとまた旅を楽しめると思ってたし、タカナオも連れてきてくれないかって」
「……」
「だって兄弟なんだろ? 会ってみたいじゃんか」
サトシの言葉に毒気を抜かれる。サトシはまったく父親を奪われたなど自分たちに思っていない。
――何、ムシャクシャしてたんだろう。
サトシもミズカも悪くない。ただ先に事実を知っていただけなのだ。逃げてはいけない。受け止めなくてはならない。
「ごめんなさい、僕……」
「良いんだよ。本当はそんなこと思ってないんだろ?」
「うん」
「ミズカもわかってるって! 食堂に行こうぜ」
サトシの言葉に大きく頷いた。そして、食堂に戻ることにした。
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