10章 8年前
「十年前、ミズカは一度だけこの世界に来たことがあるの。その頃、たしかミズカは三歳。あたし達は会ってないけど、サトシとシゲルが会ってたの。父親に抱かれて一緒に来たミズカにね。でも、その日の記憶をコダックに消された。2年の月日が経って、奇跡的に再会したんだけど、兄妹だということも、会ったことがあるってことも当然記憶になかったらしいわ」
コダック……。タカナオはそのコダックを知っている。もとの世界にいた時、タカナオからミズカの記憶を消したコダックだ。
「そんなあるとき、ミズカはエーフィを父親に盗まれた。後から、ミズカを殺すつもりで盗んだのを知ったけれど、エーフィを取り戻して、オーキド博士に連絡したら……兄妹だということを打ち明けられたの」
真相を知りたくなったミズカとサトシは、オーキド博士に聞こうと連絡したのだろう。ところが思わぬ方向に話が転換してしまった。
「……ミズカは記憶を思い出しちゃったの。父親に言われたこと。父親が自分を殺そうとしてること。サトシに対しての申し訳なさ。溢れてくる感情を抑えられないで……。それで逃げるようにあたし達のいる部屋へ入って来た。凄く真っ青でひきつってたわ」
ヒカリがドアを見た。8年前、今でも忘れられないミズカの言葉に表情。
『やめなよ。生まれちゃいけなかった奴の心配なんか』
心配して話しかけた時に言われた。彼女の冷めきった表情に、思わず硬直してしまったのを覚えている。
「サトシに対する申し訳なさって?」
「ミズカ、自分がサトシの父親を奪ったって……。そう思ってたの。多分、今も……」
ハルカが答える。タカナオは顔を歪める。仲が良いからこそ大丈夫ではなかった。仲が良いからこそ、ミズカは自分を責めていたのだ。
姉に対してあの言葉はどのくらい傷つくものか、どのくらい胸を締め付けられるものなのか、今、初めてわかった。
「父親が自分を殺そうとしてると、サトシやあたし達に知られたらきっと協力するって言うと思ったミズカはね。サトシを突き放そうとしたの。単純に喧嘩でね。大喧嘩だった」
ヒカリは、ミズカとサトシが喧嘩するなど思ってもみなかった。あのタケシでさえ、驚いていた。
「それで……どうしたの?」
「ミズカ、二度とこの世界に来ないって言い残して帰ったの。もとの世界に」
タカナオは目を見開いた。
「でも皆、納得がいってなかった。シゲルがポケモンセンターで、ミズカがオーキド博士に宛てた手紙を持って来たのよ。そこでやっと、ミズカの命が危ないことを知ったの」
「そして、サトシとシゲル、カスミがあっちの世界に行って、ミズカに会いに行くことにしたのよ」
サトシ達が一度、もとの世界に来ていたことをタカナオは知っている。
――じゃあ、お姉ちゃんが不登校の時の……。
タカナオが覗いた部屋。暗い空気が漂っていたことはよく覚えている。今の話に納得した。
「後は、話さなくてもなんとなく想像がつくわよね。話、戻すね」
「あ……うん」
「ミズカとサトシはね、仲間としてずいぶん旅をしてきたの。だから、上手く接する方法がわからなくなっちゃったのよ」
ヒカリの言葉に、タカナオは俯いた。ずっと旅をしてきた友達。ミズカの不注意で兄弟だとバレたとき、ミズカは必死で謝っていたがサトシは怒ることがなかった。さっき隣に座って話していたのに違和感がなかったのも、兄妹以前に二人には友人であった積み重ねがあったからに違いない。
兄妹だと、すぐに受け止められなかったとき、姉やサトシはどうしたのだろう。どうやって乗り越えたのだろう。
「あのさ……。お姉ちゃんとサトシは、どうやって仲を取り戻したの?」
タカナオが聞くと、ハルカはニコッと笑った。
「それは、これから貴方が見つけるのよ」
「僕が……?」
「そう。ミズカにも、サトシにも越えられた壁。貴方にも越えられるかも」
「大丈夫。この難しい問題に答えなんかないから。ゆっくり貴方の道を見つければ良いわ」
ハルカとヒカリが頷く。
マサトがタカナオの背中をポンと押した。
「二人に謝って来なよ。さっきのは仕方がないって」
「マサト……」
皆の顔を見る。彼らは皆、ニコッと笑い頷いている。タカナオもつられて笑顔になった。
「行ってくる」
タカナオは部屋を後にした。
コダック……。タカナオはそのコダックを知っている。もとの世界にいた時、タカナオからミズカの記憶を消したコダックだ。
「そんなあるとき、ミズカはエーフィを父親に盗まれた。後から、ミズカを殺すつもりで盗んだのを知ったけれど、エーフィを取り戻して、オーキド博士に連絡したら……兄妹だということを打ち明けられたの」
真相を知りたくなったミズカとサトシは、オーキド博士に聞こうと連絡したのだろう。ところが思わぬ方向に話が転換してしまった。
「……ミズカは記憶を思い出しちゃったの。父親に言われたこと。父親が自分を殺そうとしてること。サトシに対しての申し訳なさ。溢れてくる感情を抑えられないで……。それで逃げるようにあたし達のいる部屋へ入って来た。凄く真っ青でひきつってたわ」
ヒカリがドアを見た。8年前、今でも忘れられないミズカの言葉に表情。
『やめなよ。生まれちゃいけなかった奴の心配なんか』
心配して話しかけた時に言われた。彼女の冷めきった表情に、思わず硬直してしまったのを覚えている。
「サトシに対する申し訳なさって?」
「ミズカ、自分がサトシの父親を奪ったって……。そう思ってたの。多分、今も……」
ハルカが答える。タカナオは顔を歪める。仲が良いからこそ大丈夫ではなかった。仲が良いからこそ、ミズカは自分を責めていたのだ。
姉に対してあの言葉はどのくらい傷つくものか、どのくらい胸を締め付けられるものなのか、今、初めてわかった。
「父親が自分を殺そうとしてると、サトシやあたし達に知られたらきっと協力するって言うと思ったミズカはね。サトシを突き放そうとしたの。単純に喧嘩でね。大喧嘩だった」
ヒカリは、ミズカとサトシが喧嘩するなど思ってもみなかった。あのタケシでさえ、驚いていた。
「それで……どうしたの?」
「ミズカ、二度とこの世界に来ないって言い残して帰ったの。もとの世界に」
タカナオは目を見開いた。
「でも皆、納得がいってなかった。シゲルがポケモンセンターで、ミズカがオーキド博士に宛てた手紙を持って来たのよ。そこでやっと、ミズカの命が危ないことを知ったの」
「そして、サトシとシゲル、カスミがあっちの世界に行って、ミズカに会いに行くことにしたのよ」
サトシ達が一度、もとの世界に来ていたことをタカナオは知っている。
――じゃあ、お姉ちゃんが不登校の時の……。
タカナオが覗いた部屋。暗い空気が漂っていたことはよく覚えている。今の話に納得した。
「後は、話さなくてもなんとなく想像がつくわよね。話、戻すね」
「あ……うん」
「ミズカとサトシはね、仲間としてずいぶん旅をしてきたの。だから、上手く接する方法がわからなくなっちゃったのよ」
ヒカリの言葉に、タカナオは俯いた。ずっと旅をしてきた友達。ミズカの不注意で兄弟だとバレたとき、ミズカは必死で謝っていたがサトシは怒ることがなかった。さっき隣に座って話していたのに違和感がなかったのも、兄妹以前に二人には友人であった積み重ねがあったからに違いない。
兄妹だと、すぐに受け止められなかったとき、姉やサトシはどうしたのだろう。どうやって乗り越えたのだろう。
「あのさ……。お姉ちゃんとサトシは、どうやって仲を取り戻したの?」
タカナオが聞くと、ハルカはニコッと笑った。
「それは、これから貴方が見つけるのよ」
「僕が……?」
「そう。ミズカにも、サトシにも越えられた壁。貴方にも越えられるかも」
「大丈夫。この難しい問題に答えなんかないから。ゆっくり貴方の道を見つければ良いわ」
ハルカとヒカリが頷く。
マサトがタカナオの背中をポンと押した。
「二人に謝って来なよ。さっきのは仕方がないって」
「マサト……」
皆の顔を見る。彼らは皆、ニコッと笑い頷いている。タカナオもつられて笑顔になった。
「行ってくる」
タカナオは部屋を後にした。