10章 8年前

「な、何するんだよ!」

止められ、タカナオから引き離されたミズカは床に突っ伏して泣き始めた。段々、彼女の息は荒くなる。

――嫌だ。やめて。

『こいつさえ生まれて来なければ』

――やだ……。

家族に言われてしまっては、自分の存在価値なんてないように感じる。マルナが自分を庇って亡くなった後だったから余計だ。

「あたしだって――」

こんなことなら生まれて来たくなかった。

もう声にはならなかった。汗も凄く、ダラダラ流れて来る。このまま息が出来なくなり、死ねれば。不覚にもそう思った。涙が止まらない。息も荒いままだ。

「まさか……、あんた、過呼吸になったんじゃないの?」

カスミがミズカの様子に気づく。ミズカは小さく頷いた。

「あたし、ロビーに行ってジョーイさんに紙袋もらって来るわ」

カスミはダッと走り出し、ロビーへと行ってしまった。

「ミズカ、なるべく息を大きく吸って、大きく吐くんだ」

タケシの助言に、ミズカは努力し始めた。サトシが背中を擦る。

タカナオはミズカなら自分の苛立ちを受け止めてくれると思っていた。自分を殴ろうとした彼女はすごい形相だった。気まずくなり、タカナオは食堂を出て、借りた部屋に走って行ってしまった。

ミズカは、任せれば良いだろうか。そう思い、ヒナとリョウスケはタカナオを追いかける。ドアをノックするが、タカナオからの返事はない。

「入るわよ」

ヒナが勝手に入る。リョウスケも続いた。

「何やってんだろう……」

そんなつもりはなかった。頭が冷える。世界を背負っていて、マルナに庇われたあと。今のミズカにあの言葉は取り乱しても仕方がない。

「なんであんなこと……」

最低なことを言ってしまった。まるで、姉が生まれたことを否定するような言葉だった。

「……最低だ」

いつも何かと言い返してくる姉が、喧嘩で泣いたことのない姉があんなにも……。

「本当に最低だな。お前」
「ちょっ、リョウスケ……」

ヒナが止めようとするが、リョウスケは彼女を無視し、タカナオに話しかける。暗い顔のタカナオの胸ぐらを掴んだ。

「あの責任感の塊みたいな人が何も思わねぇわけないだろ! お前、言っていいことと悪いことの分別もつかねぇのかよ!」

リョウスケはタカナオが許せなかった。一時期、ミズカと共にNWGにいたからわかる。責任感が強いことを。シャイルが北風使いの生まれ変わりだと噂をされていたときは、かなり後ろ指を差されていた。もちろん、生まれて来なきゃよかったという言葉も聞こえてきた。

リョウスケが物申しに行こうとすれば、ミズカは首を横に振った。マルナが亡くなったことだって、相当責任を感じている。

「……どれだけ傷ついたかわかってんのかよ! ミズカさんだけじゃねぇ、サトシさんだって傷ついたんだぞ!」

胸ぐらを掴むリョウスケに、タカナオは全く抵抗しようとしない。止めようと、ヒナが必死でリョウスケを引っ張るが全く動かない。困り果て、誰かを呼んで来ようとすると、ハルカとヒカリ、そしてマサトが来た。

「二人ともやめるかも」
「そうよ。落ち着いて」

ハルカとヒカリが割って入ると、ようやくリョウスケは胸ぐらを離した。落ち着いたようで、ヒナたちはホッとする。タカナオは引きつった表情でマサトを見た。

「……お姉ちゃんは?」
「今、カスミが紙袋を持ってきて、落ち着かせてるところだよ」

マサトがため息混じりに答える。

「ごめん……」
「謝るなら、ミズカとサトシに謝ってよ。僕は関係ないんだから……」

マサトの言葉に、タカナオは何も言えない。ヒカリはそんなタカナオを見て思う。タカナオだって苦しいはずだ。こんなことを急に知って、ショックなのは当たり前だ。タカナオがミズカに掛けた言葉は、自分にも返ってくる言葉のはずだ。生まれて来ちゃいけなかった。それはミズカに対して言ったようで、自分にも言ったようにヒカリは思えた。

もしそうだとして、タカナオはどう思ったか。仲のいい二人を見て、少し孤独を感じたかもしれない。ミズカはサトシに受け入れられている、と。

「……ミズカもサトシも、最初は簡単じゃなかったわ」

ヒカリは口を開いた。8年前、近くで見ていた彼女は、どうしたら良いかわからず、ただ流れに任せていた。ヒカリの言葉に、タカナオだけではなく、リョウスケとヒナも驚いた。
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