10章 8年前

「はっくゅん」
「……どうしたの? 風邪?」

ヒナに聞かれタカナオは、「まさか」と苦笑した。そして、出された朝食の最後の一口を食べる。

「お姉ちゃんはともかく、カスミの朝食は持って行った方が良いかな」
「そうだな」
「じゃあ僕、持って行くよ」

タカナオは、ジョーイさんからカスミの朝食と、ついでにミズカの朝食も受け取る。

「俺も手伝う」
「あたしも、ミズカさんに会いたいからついて行く」

リョウスケは片方の朝食をタカナオから受け取った。三人は病室に向かって歩いていく。

「あ~、お腹空いた……」

部屋の前まで行くと、ミズカの間抜けな声が聞こえた。過労で倒れ、もう回復しているとは大したものだ。

「泣いてお腹が空くって……。あんた、馬鹿じゃないの」
「馬鹿じゃない。お腹が空くのは健康だってことなの」
「まったく……。相変わらずなんだから。8年も経ってるんだから少しは女の子らしくなりなさいよ」
「残念。あたしにとっては、2、3年しか経ってないんだなぁ、これが」

ミズカとカスミの掛け合いが面白く、三人は病室の前に立ち、会話を聞き入っていた。

会わない時間が長かったのに、二人はまるでずっと一緒にいるみたいだ。二人に時間は関係ない。タカナオは姉の少し元気になった様子に安心する。

「ところで、さっきタカナオが、8年前のあの事件を話して欲しいって言ってたんだけど」
「タカナオが? でも北風使いだから殺されそうになったのは聞かなくても想像つくんじゃない?」

話題が変わって、入ろうとしたのだがタカナオの足が止まった。入ったら大切なことを聞きそびれる気がしたのだ。タカナオの様子にヒナとリョウスケは首を傾げた。

「タカナオ、詳しく知りたいみたいよ」
「詳しくって……、詳しく?」
「タカナオはノリタカさんが向こうの世界に言った理由を知らないでしょ」
「お父さんがこの世界の人なのは知ってるってこと?」
「えぇ。タカナオの記憶を消したのはノリタカさんだと話していたし、ノリタカさんと一緒にミズカがいるなら知っておいた方が驚かないから話したのよ」

中から聞こえる話。姉は自分に詳しく話すことを躊躇しているようだ。

「そこはサトシと相談するよ。サトシとのこと話さなくても伝え方あると思うし」
「話さないの?」
「うーん……。話していいかはあたしの判断だけでは何とも……。それにまず、サトシに言わなくちゃいけないことがあるんだよね」

なぜ、ノリタカの話にサトシが出てくるのか。タカナオは嫌な予感がした。姉は聞いてほしくなさそうだ。だが、タカナオだって知りたい。リョウスケとヒナもいつの間にか聞き入っている。

「言わなきゃいけないこと?」

カスミも知らないことらしい。タカナオはおぼんを持つ手に力が入った。

「そう。なんでお父さんがサトシとサトシのママさんを残し、あっちの世界へ行って、あたしが産まれてしまったか。理由がわかったの」
「そうなの?」

これに関しては、カスミも驚いたようだった。タカナオは自分の耳を疑う。驚きのあまり朝食を落としてしまった。

何故聞いてしまったのだろう。今更、後悔する。ヒナとリョウスケは、タカナオを見た。この二人も知らない事実だ。リョウスケですら、シャイルのときのミズカから聞いていなかった。

――それって……、サトシと僕が……。

ガチャッとドアが開いた。

「た、タカナオ……」

まさか聞いているなどと思っていなかった。ミズカは目を見開く。後ろでは、カスミがひきつった表情で三人を見ている。

「……それ本当なの?」

タカナオの質問にミズカは表情をなくした。なんて不注意だったのだろう。もう少し慎重になって話せば良かった。ため息をつく。しかし、どうせいつかは言わなければならないことだ。

「……今の話に嘘はないよ」

ミズカは正直に言った。タカナオの顔が歪む。どうする事も出来ない。後戻りなど許されない。ミズカは「ちゃんと話す」と言って、カスミが制してくるのも放って食堂に向かった。
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