10章 8年前
「……まったく。今まで疲れていたことに気づかなかったなんて、馬鹿というか、ここまで来たら天才よね」
病室のベッドで寝そべっているミズカを見ながら、カスミは呆れたように言った。ミズカは苦笑する。あまり反省の色は見えない。
「記憶を取り戻してなかったら、もっと酷いことになってたわよ。ほんと思い出してくれてよかったわ」
「記憶を取り戻してなかったら、今頃、カスミさんって呼んでたのかな」
「サトシから聞いたわ。最初、サトシさんとシゲルさんって呼んでたって」
クスクス笑うカスミにムッとした表情になるが、記憶が戻った今、つられて笑ってしまった。そんなミズカを見て、カスミはため息をつく。
「無理しなくて良いのよ。あんた、勝手に自分に言い聞かせて、頑張っちゃうんだから」
「だから倒れた」
苦笑するミズカに、カスミは首を横に振った。
「違うわよ」
カスミはミズカの顔を覗いた。
「マルナのこと。いくら自分の中で納得させても無理なんでしょ?」
「カスミ……」
「シゲルが言ってたのよ。本当はミズカ、マルナをあの戦いに入れる気がなかったって」
シゲルから聞いていたらしい。何度も何度も過ぎってくる。あそこで突き放してでも、置いていったなら、きっと違う未来があった。
顔を歪める。カスミに見られたくなくて布団を深く被った。
何回、言い聞かせただろう。あれは仕方がなかったと。言い聞かせても、マルナに別れを告げても、約束をしても、前を向こうとしても、どうしても自分が生きている事に後ろめたくなる。記憶が戻ってからはなおのことだった。
バッと起きる。震えた手で布団を握る。
「……マルナはあたしが殺したんだよ」
あの時、大人しくカルナの言うことを聞いていれば良かった。何故、皆が自分を責めないのか不思議で仕方がない。8年前に戻りたい。戻れば自分が死んで、マルナは二の舞にならずに済んだ。それどころか世界は平和のままだった。
「あたしが……、あたしが8年前に死んでれば――」
パシッという音が部屋に響いた。
「馬鹿なこと言わないでよ!」
カスミが、ミズカの頬を叩いた音だった。ミズカは俯いて「ごめん」と謝った。
「あんたは何も悪くないわよ。ただ……ただこの世の中が、……不公平なだけ」
カスミは悔しかった。涙がどんどん溢れてくる。どうしていつもミズカなのだろうか。どうして、彼女だけこんな目に遭うのだろうか。カスミにはこの世界が不公平に思えて仕方がない。
悔しい。ミズカが8年前に死んでいればと思ってしまったことが辛い。そんなこと思ってほしくない。
「なんで……。ミズカが全てを背負わないとならないのよ……」
拳を握るカスミにミズカは俯く。
「あたしが……北風使いの生まれ変わりだから」
ボソリと答えた。北風使いの生まれ変わりでなかったら、8年前のこともなかったはずだ。
「カスミ……」
ミズカは眉間にしわを寄せながら、カスミを呼んだ。布団はどんどん皺くちゃになっていく。カスミは黙ってミズカを涙が流れる瞳で見つめた。
「あたし……普通に暮らしたいよ……」
果たして親友にこんなことを言って良いのだろうか。カスミはもっと自分を心配するだろう。そうは思ったが、捌け口が今はここしかない。止まらなかった。
「皆とばか騒ぎして旅をしてた頃に戻りたい……」
何も知らない方が幸せだったと思い始めたのはいつだっただろうか。他の事には囚われず、好きな事をやっていた時代に戻りたい。
「なんでこんな戦いがあるの? なんで破滅の鍵なんか存在すんの……!?」
「やっと、本音を言ったわね」
カスミは優しく彼女を抱きしめた。ミズカは声を上げて泣き始める。カスミは彼女がずっと辛くて、苦しくて、我慢していたことをわかっていた。そのためには自分も本音を言わなくてはと思っていた。
8年の月日が経っていても、本音をぶつけられる存在。ミズカにとっては、それがせめてもの救いだった。
病室のベッドで寝そべっているミズカを見ながら、カスミは呆れたように言った。ミズカは苦笑する。あまり反省の色は見えない。
「記憶を取り戻してなかったら、もっと酷いことになってたわよ。ほんと思い出してくれてよかったわ」
「記憶を取り戻してなかったら、今頃、カスミさんって呼んでたのかな」
「サトシから聞いたわ。最初、サトシさんとシゲルさんって呼んでたって」
クスクス笑うカスミにムッとした表情になるが、記憶が戻った今、つられて笑ってしまった。そんなミズカを見て、カスミはため息をつく。
「無理しなくて良いのよ。あんた、勝手に自分に言い聞かせて、頑張っちゃうんだから」
「だから倒れた」
苦笑するミズカに、カスミは首を横に振った。
「違うわよ」
カスミはミズカの顔を覗いた。
「マルナのこと。いくら自分の中で納得させても無理なんでしょ?」
「カスミ……」
「シゲルが言ってたのよ。本当はミズカ、マルナをあの戦いに入れる気がなかったって」
シゲルから聞いていたらしい。何度も何度も過ぎってくる。あそこで突き放してでも、置いていったなら、きっと違う未来があった。
顔を歪める。カスミに見られたくなくて布団を深く被った。
何回、言い聞かせただろう。あれは仕方がなかったと。言い聞かせても、マルナに別れを告げても、約束をしても、前を向こうとしても、どうしても自分が生きている事に後ろめたくなる。記憶が戻ってからはなおのことだった。
バッと起きる。震えた手で布団を握る。
「……マルナはあたしが殺したんだよ」
あの時、大人しくカルナの言うことを聞いていれば良かった。何故、皆が自分を責めないのか不思議で仕方がない。8年前に戻りたい。戻れば自分が死んで、マルナは二の舞にならずに済んだ。それどころか世界は平和のままだった。
「あたしが……、あたしが8年前に死んでれば――」
パシッという音が部屋に響いた。
「馬鹿なこと言わないでよ!」
カスミが、ミズカの頬を叩いた音だった。ミズカは俯いて「ごめん」と謝った。
「あんたは何も悪くないわよ。ただ……ただこの世の中が、……不公平なだけ」
カスミは悔しかった。涙がどんどん溢れてくる。どうしていつもミズカなのだろうか。どうして、彼女だけこんな目に遭うのだろうか。カスミにはこの世界が不公平に思えて仕方がない。
悔しい。ミズカが8年前に死んでいればと思ってしまったことが辛い。そんなこと思ってほしくない。
「なんで……。ミズカが全てを背負わないとならないのよ……」
拳を握るカスミにミズカは俯く。
「あたしが……北風使いの生まれ変わりだから」
ボソリと答えた。北風使いの生まれ変わりでなかったら、8年前のこともなかったはずだ。
「カスミ……」
ミズカは眉間にしわを寄せながら、カスミを呼んだ。布団はどんどん皺くちゃになっていく。カスミは黙ってミズカを涙が流れる瞳で見つめた。
「あたし……普通に暮らしたいよ……」
果たして親友にこんなことを言って良いのだろうか。カスミはもっと自分を心配するだろう。そうは思ったが、捌け口が今はここしかない。止まらなかった。
「皆とばか騒ぎして旅をしてた頃に戻りたい……」
何も知らない方が幸せだったと思い始めたのはいつだっただろうか。他の事には囚われず、好きな事をやっていた時代に戻りたい。
「なんでこんな戦いがあるの? なんで破滅の鍵なんか存在すんの……!?」
「やっと、本音を言ったわね」
カスミは優しく彼女を抱きしめた。ミズカは声を上げて泣き始める。カスミは彼女がずっと辛くて、苦しくて、我慢していたことをわかっていた。そのためには自分も本音を言わなくてはと思っていた。
8年の月日が経っていても、本音をぶつけられる存在。ミズカにとっては、それがせめてもの救いだった。