9章 悲しき現実と蘇る記憶

「NWGの首領が母なのは知ってた。でも悪の組織とまでは、マルナは教えてくれなかったの」
「だから、不審に思って僕達と旅をし始めたんだね。もしかして、リョウスケの両親のことも?」

タカナオの言葉にヒナは頷いた。最初にポケモン世界に来たとき、ヒナが異常にリョウスケの両親の失踪について知りたがっていた。どうやら、それもあったらしい。

「NWGが怪しいとは薄々思ってた。あんな非情な母親が、何故、信頼される組織の頂点にいるのか不思議でならなかったのよ。そんなNWGが、北風使いの話を頻繁にするようになった。占い師に一度だけ依頼を受けただけなのに。だから、ここに鍵があるんじゃないかって」
「そっか……」
「ある日、マルナは独りじゃなくなった。シャイルさんっていう人と仲良くなったって。タイミングは北風使いの話が出て少し後のタイミングだった。だから、グランドフェスティバルが終わってNWGを調べようと思った。そしたら、たまたまリョウスケから声掛かって……」
「それで僕たちと一緒に?」
「うん。流石に、リョウスケがNWGにいたことはビックリだったけど。……マルナの話が出たのもビックリだった。あと、シャイルがミズカさんだというのもわからなかったわ」

ヒナはその後もずっと話していた。きっと、不安を隠したかったのだろう。そう感じたタカナオはしっかりヒナの話を聞いていた。彼女の話は気がつくと深夜にまで及んでいた。

夕食も何もとらず、口に入れたのは、今は温くなった缶ジュースだけ。

「それでね。マルナは――」

午前3時を回った頃だった。ヒナは途中で話を止め、また手術室のドアを見た。タカナオも驚いた表情で手術室を見つめた。刹那、個室から飛び出してきたミズカ。リョウスケも続いた。後ろには、サトシ達もいる。彼らは皆、聞いたのだ。自身の耳で、はっきりと。

「さようなら」

間違いなく、マルナの声だった。眉間にしわを寄せる。信じたくない。これが気のせいであれば良いのにと思った。  

閉ざされていた手術室のドアは開く。中から担架で運ばれた一人の少女がいた。顔は薄い布で隠されている。これが夢だったら、起きたときに笑い話に出来る。

いや、もしかしたら、マルナは悪戯をしてるのかもしれない。現実があまりにも衝撃的過ぎて、彼らは否定していた。しばらくして医者が重い口を開いた。

「残念ながら、マルナさんは……、お亡くなりになられました」

医者の言葉の理解に苦しむ。後からジワジワと染みて、彼女がもうこの世にいないのだとわかった。

「……嘘ですよね?」

沈黙の中、最初に口を開いたのはヒナだった。震えた声で医者に聞く。聞かれた彼は、固く口を閉ざす。

――嘘よ。そんなの絶対、嘘。嘘に決まってるじゃない。

涙が溢れて来る。何故、彼女が死ななければならないのか。ミズカはその場にいるのが耐えきれず、指名手配中だという事も忘れ、外に出ていってしまった。それをすぐさまシゲルが追いかける。

「嘘ですよね?」

再度、聞くヒナに、やっと医者は首を横に振った。そして、薄い布を外し、マルナの白い顔を見せた。

「マルナ……。寝てるだけでしょ? ねぇマルナ!」

頭ではわかっている。彼女は寝ているのではなく亡くなっているのだと。そのせいか、涙がこぼれ落ち、マルナの顔に滴が落ちた。

「ヒナ、落ち着いて」

取り乱すヒナを後ろからタカナオが声を掛ける。このままだと気が狂い、ヒナがどうにかなってしまいそうだった。ヒナはタカナオを見ると彼に抱きついた。そのまま子供のように泣き始める。

「タカナオ、ヒナの側にいてやれ」
「うん」

リョウスケに言われ、タカナオは頷いた。

「マルナさんを一度病室に連れていきます。どなたかご同行をお願いしたいのですが」
「俺が行きます」
「あたしも行きます」
「僕も」

医者にそう言われ、手をあげたのはリョウスケ、ハルカにマサトだった。そして三人は病室へて行ってしまった。
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