9章 悲しき現実と蘇る記憶

「サトシ……」

サトシはタカナオに話しかけられてハッとした。さっきまで動悸が酷かった。今もないわけではない。血の気が引いている。なんとか自分を保っていた。ただただ、マルナの無事を祈る。

「どうした?」

サトシは首を傾げた。ちなみに、怪我がないものは皆、傷ついた者達に肩を貸している。

「カルナが話してた8年前の出来事って……?」

タカナオに肩を貸してもらっているカスミと、サトシは顔を見合わせた。動揺はしたままだ。うまく考えはまとまらない。

「その話をするなら、ミズカがいた方が良いだろう」

サトシが肩を貸しているタケシが言う。サトシは顔をしかめる。話すことになったとすれば、自分とのことも言わなければならないのではないか。

過去にミズカが、父親に刺されている。理由は北風使いだったから。その事実を話して、タカナオはどんな反応をするのだろう。ノリタカのフォローをするのに、過去の話は必要になる。そのときに、どこまでを話すべきなのか。ミズカはどこまで話すことを考えているのだろうか。

そうこう思っている内に、ポケモンセンターについた。玄関では、リョウスケが深刻な表情で一人で立っていた。

「マルナは?」
「手術中です。ミズカさんは、個室で警察にバレないようにしてます。ヒナは手術室の前でずっと……」

ヒカリが聞くと、リョウスケはそう言った。彼らは、中へと入る。

「警察はどうでした?」
「まだ、警戒してるみたいだ。俺達も無闇に外へ出ない方が良いだろう」
「そうですか……」

タケシからそれを聞くと、リョウスケは窓の外を見た。パトカーや、白バイが見える。

――俺が捕まらなきゃ、こんな事になってなかった……。

「リョウスケ?」

タカナオが心配して話しかけた。リョウスケは、無理矢理笑う。

「バカだよな。俺」

リョウスケは自分を責めた。タカナオは首を横に振る。

「あんだけ、ミズカさんに手伝わせてくれって意気込んで、あっさり捕まってんだぞ。馬鹿だよ」
「皆、リョウスケをそんな風に思ってないよ」
「だけど、俺が捕まらなければ、マルナは……」

リョウスケの言葉に顔を歪める。ミズカは連れて来なければ良かったといった。しかし、そもそも捕まったのはリョウスケだった。もし、ああしていれば、こうしていたら……。次々に後悔が押し寄せる。

「僕が不注意だったからだよ……」

ボソッとタカナオが呟いた。リョウスケは目を見開き、彼を見た。

「リョウスケが言ってるのは、そういうことだよ。君が捕まったのは、僕を庇ったからだ」

本当はタカナオが捕まるはずだった。しかし、リョウスケがいち早く気づいて、自ら捕まった。ミズカとの約束だったからだ。

「たら。れば。はない。後悔してるままじゃ前には進めない。そうだろ?」
「タカナオ……」

リョウスケは力なく笑った。彼の言う通りだ。後悔するよりも、今はマルナの無事を祈ろう。そう思った。

「僕は、ヒナの所へ行くよ」
「あぁ」

タカナオは手術室へ歩いていく。ヒナは手術室の前で、ボーッと立っていた。動くこともなく、ただ手術室へ繋がるドアを見ている。タカナオは奥歯を噛み締めた。

どんな思いでいるのだろう。母親が自分の妹を刺すのを目の当たりにして、まともでいられるわけがない。自分はマルナのことを知らないが、それでも胸がすごく痛かった。タカナオは自販機でオレンジジュースを買う。

「……ヒナ」

声を掛けると、ヒナは我に返ったらしく振り向いた。ヒナの表情はない。

「はい。オレンジで良かった?」

タカナオは優しく買ってきた缶ジュースを差し出した。

「えぇ、ありがとう」

ヒナは頷き、オレンジジュースを受け取る。そのまま二人は、近くにある椅子に座った。ヒナは未だに、手術室のドアを見つめている。そんな彼女を見て顔を歪めた。

「マルナはね。ずっと独りだったの」
「え?」
「養子にされたあたしの方が、幸せな生活をしてた。あたしはリョウスケ達に出会って、コンテストに出て……、グランドフェスティバルで優勝して。でもあの子は、そんな自由を許されなかったらしいわ」

ヒナは缶ジュースを開け、一口飲んだ。
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