8章 交差
「わ、悪い。別に、聞こうとして聞いたんじゃないんだ。ピカチュウを呼びに来ただけでさ」
サトシは焦りながらも、言い訳をする。怒るかと思ったが、彼女はニコッと笑った。
「良いですよ。聞いてしまったものは仕方がないですから」
「あ……ごめん。……なんか手伝うことあるか?」
自分の知っているミズカじゃない。記憶にあるミズカはムッとするし、敬語でもない。サトシは少し調子が狂う。
「じゃあ、食器棚から、お皿を五枚ほどお願いします。あたしの身長では、椅子に乗らないと届かないので……」
食器棚を見ると、普通より大きい。食事用の皿は一番上にあった。たしかに彼女の身長では届きそうにない。
8年前は自分より少し小さいくらいだったなどと思いながら、サトシは皿を5枚取ると、テーブルの上に置いた。
8年前……。たしかに、サトシだって早く思い出して欲しい気持ちはある。ミズカの考えや性格は変わらないのに、自分に対して他人行儀なのが寂しい。けれど、それ以上にミズカが焦っていることもわかる。
サトシはホットケーキの生地を作るミズカを見た。
「焦るなよ」
「え?」
「記憶を取り戻したい気持ちはよくわかる。だけど、焦ったってどうにもならないだろ?」
焦ってとどうにもならない。それはミズカだってわかっていた。生地をぐるぐる混ぜ終えると、テーブルに一度置く。
「もし、記憶の戻らないまま、これが解決したら、きっと独りになるんだろうなって思っちゃうんですよ。マルナはボスの娘だから、あたしに協力してくれてる。ずっと『様』付けなんです。リョウスケとだってきっかけは北風使いとしてです。サーナイトだって記憶の戻らないままじゃ……。嫌なんです。すべてが終わっても、自分だけ置いていかれるんじゃないかって」
焦ってしまう。バターをフライパンにひき、生地を焼き始めた。
マルナの言うミズカの闇。これかとサトシは思った。ミズカがこうなっている理由はわかる。
「もとの世界か……」
「はい」
彼女は、もとの世界へ戻れない。
「父の持っている手鏡で、もとの世界へと通じる道を出そうと何度も試みましたがダメでした。向こうの世界では、あたしの存在自体が消えているらしくて……。帰らしてくれないみたいです」
もとの世界へは二度と戻れないのだ。彼女にとって苦しい現実だった。いきなり、ここへ連れてこられて、右も左もわからない状況で。
そんな中で自分が世界を破滅する力があると言われたら、孤独に感じても仕方ない。
「シゲルさんの言う通り、タカナオを連れてくる作戦は、リョウスケなしでは出来ないものでした。そうしないと、タカナオも二度ともとの世界に戻れなくなってたんです。本当に感謝してます」
フライ返しを持つ手に力が入った。そろそろ焼けたかと思い、生地をひっくり返す。
「俺さ、ミズカがこの世界にいるって言って、連絡も何も寄越してくれなくて心配だったんだ。独りなんじゃないかって」
「……え?」
「ミズカ、ここまで本当に独りだったか?」
サトシは優しく聞いた。ミズカはサトシを見た。小さく首を横に振る。
「マルナもリョウスケもサーナイトもいました。あ、あとお父さん」
「ああ、父さんな」
サトシは笑う。ろくでもない父親が娘に頼られているのがわかり、少しおかしかった。
サトシは焦りながらも、言い訳をする。怒るかと思ったが、彼女はニコッと笑った。
「良いですよ。聞いてしまったものは仕方がないですから」
「あ……ごめん。……なんか手伝うことあるか?」
自分の知っているミズカじゃない。記憶にあるミズカはムッとするし、敬語でもない。サトシは少し調子が狂う。
「じゃあ、食器棚から、お皿を五枚ほどお願いします。あたしの身長では、椅子に乗らないと届かないので……」
食器棚を見ると、普通より大きい。食事用の皿は一番上にあった。たしかに彼女の身長では届きそうにない。
8年前は自分より少し小さいくらいだったなどと思いながら、サトシは皿を5枚取ると、テーブルの上に置いた。
8年前……。たしかに、サトシだって早く思い出して欲しい気持ちはある。ミズカの考えや性格は変わらないのに、自分に対して他人行儀なのが寂しい。けれど、それ以上にミズカが焦っていることもわかる。
サトシはホットケーキの生地を作るミズカを見た。
「焦るなよ」
「え?」
「記憶を取り戻したい気持ちはよくわかる。だけど、焦ったってどうにもならないだろ?」
焦ってとどうにもならない。それはミズカだってわかっていた。生地をぐるぐる混ぜ終えると、テーブルに一度置く。
「もし、記憶の戻らないまま、これが解決したら、きっと独りになるんだろうなって思っちゃうんですよ。マルナはボスの娘だから、あたしに協力してくれてる。ずっと『様』付けなんです。リョウスケとだってきっかけは北風使いとしてです。サーナイトだって記憶の戻らないままじゃ……。嫌なんです。すべてが終わっても、自分だけ置いていかれるんじゃないかって」
焦ってしまう。バターをフライパンにひき、生地を焼き始めた。
マルナの言うミズカの闇。これかとサトシは思った。ミズカがこうなっている理由はわかる。
「もとの世界か……」
「はい」
彼女は、もとの世界へ戻れない。
「父の持っている手鏡で、もとの世界へと通じる道を出そうと何度も試みましたがダメでした。向こうの世界では、あたしの存在自体が消えているらしくて……。帰らしてくれないみたいです」
もとの世界へは二度と戻れないのだ。彼女にとって苦しい現実だった。いきなり、ここへ連れてこられて、右も左もわからない状況で。
そんな中で自分が世界を破滅する力があると言われたら、孤独に感じても仕方ない。
「シゲルさんの言う通り、タカナオを連れてくる作戦は、リョウスケなしでは出来ないものでした。そうしないと、タカナオも二度ともとの世界に戻れなくなってたんです。本当に感謝してます」
フライ返しを持つ手に力が入った。そろそろ焼けたかと思い、生地をひっくり返す。
「俺さ、ミズカがこの世界にいるって言って、連絡も何も寄越してくれなくて心配だったんだ。独りなんじゃないかって」
「……え?」
「ミズカ、ここまで本当に独りだったか?」
サトシは優しく聞いた。ミズカはサトシを見た。小さく首を横に振る。
「マルナもリョウスケもサーナイトもいました。あ、あとお父さん」
「ああ、父さんな」
サトシは笑う。ろくでもない父親が娘に頼られているのがわかり、少しおかしかった。