32章 最後の戦い
「サトシ、何故ミズカに、ナイフを渡した?」
タケシが聞く。サトシは苦笑しながら、ミズカとノリタカを見つめていた。
「表情が、あの頃に戻ってたんだ。ジョウト地方やホウエン地方を旅してた時の表情に戻ってたんだ」
自信に満ちた表情で幾度となく乗り越えていた表情だった。ノリタカを信じてみたくなった。
「お父さん、これであたしを刺してよ。刺すのなら自分の意志で刺して」
ミズカはナイフを地面に置いた。もう迷いはない。お腹に力が入る。
「コダック……」
「ポケモンは使わないで! あんたの道具じゃない、生きてるの! あたしは逃げないから」
ミズカはもう一匹のコダックに指示をしようとするノリタカを止めた。コダックもビックリして技を出すのをやめる。
ノリタカは仕方なくナイフを拾った。じっとナイフを見つめる。表情はない。が、目の前だからわかる。彼の手は震えていた。
それでも、ノリタカはミズカに刃先を向ける。ミズカは、一切、ノリタカから目を逸らしはしない。ノリタカはミズカの服にナイフを当てる。少し力を入れれば刺すことができる。ミズカはそれでもノリタカを見つめた。
チャリンと音がした。ミズカは地面を見る。ナイフが落ちていた。ノリタカの手は先程よりも大きく震えていた。
「ほら。やっぱり何か理由があったんじゃん」
ミズカは口角を上げて、ノリタカに笑いかけた。
ノリタカは思わず彼女を抱きしめた。ノリタカはずっと苦しんでいた。ミズカを殺さなければいけない事情があって、けれど、殺したくなくて。
殺すタイミングはいくらでもあった。ミズカがいつしかポケモン世界を往来し始めたことを知った。ポケモン世界で殺してしまえばと何度も思ったが、息子と兄妹だと知らずに楽しんでいる彼女を見て、どうしてもできなかった。
いつしかミズカが中学で虐められていることを知った。その頃にはミズカにはミズカの生活があり、ノリタカとは住んでいなかったが、娘が元気にやっているのか気にかけていた。殺そうとしているのに元気にやっているかを気にかけるなんて、矛盾以外の何ものでもなかった。
知り合いから聞いた話。ミズカの向こうの世界での話は、日に日に悪化していた。ミズカがイジメに遭った。ミズカが部活の顧問に酷い目に遭わされたという。ミズカがほとんど学校へ通えなくなっている。最後に聞いたのは不登校になった事実。
聞いたノリタカは今だと思った。生きているのが辛い。ならば、殺してやった方が楽ではないか。そうやって、自分に言い聞かせた。
ミズカにはこの気持ちが悟られないよう。最後まで悪でいようと誓った。サトシにだって同情される筋合いはない。思いきり恨まれてしまおう。そう思った。
ミズカを刺したとき、思ったよりもナイフを刺せなかったが、倒れて血を流しているのを見て、やっと殺せたと思った。しかし、シゲルやタケシはまだ間に合うと言う。なぜ諦めないんだと思った。
それからは毎日、ミズカを刺した光景を夢に見た。まさに悪夢。でも、ノリタカはどうしてもやらなければならなかった。どうしても、これからのミズカのことを考えると、死んだほうがマシだと思った。
ミズカが自分で死にたいと思うようにならないか。なるにはどうするべきか。それはサトシに裏切られることではないか。サトシを利用しようと思った。もしかしたら、サトシは少しはミズカを恨んでいるのではないか。だったら入り込む隙はある。しかし、手を組むことを断固拒否された。
父さんのせいだ。そう息子に叫ばれて、何も言えなくなった。そう。これは不本意だったとしても自分のせい。たとえ、そのつもりがなかったとしても、彼らに同情されてはいけない。
タケシが聞く。サトシは苦笑しながら、ミズカとノリタカを見つめていた。
「表情が、あの頃に戻ってたんだ。ジョウト地方やホウエン地方を旅してた時の表情に戻ってたんだ」
自信に満ちた表情で幾度となく乗り越えていた表情だった。ノリタカを信じてみたくなった。
「お父さん、これであたしを刺してよ。刺すのなら自分の意志で刺して」
ミズカはナイフを地面に置いた。もう迷いはない。お腹に力が入る。
「コダック……」
「ポケモンは使わないで! あんたの道具じゃない、生きてるの! あたしは逃げないから」
ミズカはもう一匹のコダックに指示をしようとするノリタカを止めた。コダックもビックリして技を出すのをやめる。
ノリタカは仕方なくナイフを拾った。じっとナイフを見つめる。表情はない。が、目の前だからわかる。彼の手は震えていた。
それでも、ノリタカはミズカに刃先を向ける。ミズカは、一切、ノリタカから目を逸らしはしない。ノリタカはミズカの服にナイフを当てる。少し力を入れれば刺すことができる。ミズカはそれでもノリタカを見つめた。
チャリンと音がした。ミズカは地面を見る。ナイフが落ちていた。ノリタカの手は先程よりも大きく震えていた。
「ほら。やっぱり何か理由があったんじゃん」
ミズカは口角を上げて、ノリタカに笑いかけた。
ノリタカは思わず彼女を抱きしめた。ノリタカはずっと苦しんでいた。ミズカを殺さなければいけない事情があって、けれど、殺したくなくて。
殺すタイミングはいくらでもあった。ミズカがいつしかポケモン世界を往来し始めたことを知った。ポケモン世界で殺してしまえばと何度も思ったが、息子と兄妹だと知らずに楽しんでいる彼女を見て、どうしてもできなかった。
いつしかミズカが中学で虐められていることを知った。その頃にはミズカにはミズカの生活があり、ノリタカとは住んでいなかったが、娘が元気にやっているのか気にかけていた。殺そうとしているのに元気にやっているかを気にかけるなんて、矛盾以外の何ものでもなかった。
知り合いから聞いた話。ミズカの向こうの世界での話は、日に日に悪化していた。ミズカがイジメに遭った。ミズカが部活の顧問に酷い目に遭わされたという。ミズカがほとんど学校へ通えなくなっている。最後に聞いたのは不登校になった事実。
聞いたノリタカは今だと思った。生きているのが辛い。ならば、殺してやった方が楽ではないか。そうやって、自分に言い聞かせた。
ミズカにはこの気持ちが悟られないよう。最後まで悪でいようと誓った。サトシにだって同情される筋合いはない。思いきり恨まれてしまおう。そう思った。
ミズカを刺したとき、思ったよりもナイフを刺せなかったが、倒れて血を流しているのを見て、やっと殺せたと思った。しかし、シゲルやタケシはまだ間に合うと言う。なぜ諦めないんだと思った。
それからは毎日、ミズカを刺した光景を夢に見た。まさに悪夢。でも、ノリタカはどうしてもやらなければならなかった。どうしても、これからのミズカのことを考えると、死んだほうがマシだと思った。
ミズカが自分で死にたいと思うようにならないか。なるにはどうするべきか。それはサトシに裏切られることではないか。サトシを利用しようと思った。もしかしたら、サトシは少しはミズカを恨んでいるのではないか。だったら入り込む隙はある。しかし、手を組むことを断固拒否された。
父さんのせいだ。そう息子に叫ばれて、何も言えなくなった。そう。これは不本意だったとしても自分のせい。たとえ、そのつもりがなかったとしても、彼らに同情されてはいけない。