32章 最後の戦い

「ただいま」

ミズカはニコッと笑う。サトシ達も自然と笑い返した。ミズカがまずは笑顔で帰ってきて良かった。しかし、カスミの言う通り、まだ解決はしていない。

「さて、もう良いか? そろそろ本気でお前を殺したいんだが」

ニヤッとノリタカが言った。ミズカはカスミから離れる。そして表情を引き締めるとノリタカの前に来た。サトシ達もミズカの後に続く。

「もう一度聞くけど、あたしを殺そうとするのに理由があるんだよね?」
「ないな」

キッパリと言うノリタカ。サトシは腹が立って、身を乗り出そうとするが、ミズカに止められた。もうワンリキーから受けた攻撃の痛みは薄れている。

「……それじゃあどうして、自分で自分を刺せなんて言ったの?」
「より恐怖を味合わせるためだ」
「違うよ。自分の手であたしを殺したくなかったんだよ。お父さんは」

はっきりと言うミズカは自信ありげだった。仲間達は驚きの表情を浮かべている。

「何を言っている」
「今ここで、証明してあげるよ。サトシ、さっきのナイフ貸して」

サトシは目を見開いた。本気で言っているのだろうか。本気にせよ、冗談にせよ、彼の答えは一つだった。

「ヤダ」

サトシは首を横に振る。その間に仲間たちに止められたら困るのか、ノリタカはコダックに再度金縛りを指示した。今動けるのは、ミズカとサトシだけだ。

「サトシ、貸して」
「ふざけるなよ! また自分を――」
「刺さない。でも、刺してもらう」

サトシ達はミズカの言ってる事がよくわからなかった。いや、言いたい事はわかるが、賛成出来るはずがなかった。

「ミズカ、落ち着いて考えるんだ。まずは、この場を退いたほうが良いだろう?」
「嫌だ。もうこれで終わりにしたいの」

タケシの言葉に、ミズカは首を横に振る。まったく聞く耳を持たない。こうなっては、どうしようもならないことを彼らは知っている。ミズカは本気だ。

金縛りが解ければ、意地でも止めるのに。ため息が出てきた。

サトシはそんなミズカを見て、ナイフを見つめる。もうこれで終わりにしたいのはサトシも一緒だ。ミズカが投げやりになっているようには見えない。強い意志を感じる。全部解決しようとしている。

サトシはナイフをギュッと握った。

「……自信があるんだな」

口を開く。ミズカは深く頷いた。真っ直ぐな瞳。ミズカのこんな表情は久しぶりだった。

「ちょっとサトシ、何言ってんの?!」
「妹じゃないのか?」

カスミとシゲルは言うが、サトシは答えなかった。

「サトシ!」
「やめた方が良いかも」
「取り返しのつかない事になるわ!」

マサト、ハルカ、ヒカリも言う。仲間の言うことは最もだ。やめたほうがいい。それはサトシだってわかっている。ミズカが刺されたとき、トラウマだって残っている。

血塗れのミズカ。手についた血。

しかし、じゃあ、そのあとにノリタカが自分の手を汚すことをしたかといえば、ミズカの言う通りだった。ミズカにも、自分にも、ポケモンの力を借りている。自分がミズカだったら……。きっと同じことをしている。

決着をつけるのは自分ではない。ミズカだ。サトシは覚悟を決めた。

「いいか。絶対……、絶対死ぬなよ」

サトシはミズカにナイフをそっと渡す。ミズカは、渡されたナイフをギュッと握った。サトシを見て大きく頷く。

「サトシ……、ありがとう」

ミズカはノリタカの前まで来た。
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