32章 最後の戦い

「……早く登ってよ! もう嫌なの。こんな目に遭うのは……」

悪夢の中にいるミズカは、まだ白い階段の前に立っていた。

「こんな?」
「そうだよ! 今まで、父親に振り回されるし、中学でイジメに遭うし、こんな不幸が続くなら、あたしは死にたい! だから、早く登って……!!」

叫ぶように、もう一人の自分が言った。ミズカは、堪らず幼稚園児の自分を抱き締める。

「そうでもないよ。嫌なことばかりじゃなかった」

涙は不思議と止まっていた。

足元に微かにエーフィの気配を感じる。もちろん、足元には何もない。エーフィを感じて少しずつ自分を取り戻す。絶望はあったかもしれないが、決してそれだけじゃなかった。

言葉がなくても通じ合えるパートナーができたではないか。

「どうして? 嫌われて、裏切られて、……独りになって、……何が楽しかったの?」
「皆で笑いあったり、食事をしたり、バトルをしたり……。皆に出逢えたこと」

友達や家族と笑いあった日々、仲間との出逢い、ミズカにとってそれだけで楽しかった。

馬鹿だ、とミズカは自分を心の中で叱る。

言葉なんかいらないじゃないか。何を言葉に惑わされているんだ。今までの旅を思い出す。

「後は、ポケモン達を守れた時……、助ける事が出来た時……、旅について来てくれると言ってくれた時」
「でも、お別れだよ? もう、会えなくなるんだよ? 居場所がなくなるんだよ? 死んだって同じでしょ?」
「違うよ。皆が待ってる。あたしを信じて待ってくれてる。別れる時は、ちゃんと別れを言いたいの。それに、向こうの世界での居場所はこれから自分でつくるよ」

ミズカは白い階段を見つめる。

一瞬でも仲間を疑うなんて馬鹿だ。ポケモン達は今もなお一緒にいてくれている。

マサトは自分とサトシの関係を知って飛んできてくれた。ヒカリは無事で良かったと言い、今でも一緒にいてくれている。ハルカはコンテストを休んでまでここにいる。タケシは落ち込めばココアを作ってくれるし、こんなこともあるさと笑い飛ばしてくれた。カスミはジムをお休みして、あっちの世界に来てくれたり、ここにいてくれたりする。シゲルはミズカがノリタカの前で怖いと言ったとき手を繋いでくれた。

サトシは……、突き放したのに、ミズカと一緒にいるのが楽しいことを知っているからと迎えに来た。ノリタカを追いかけて掛け合ってくれた。ノリタカに手を組もうと言われても、断固拒否してワンリキーの攻撃を受けていた。

悪夢は言葉で彼らを扮することはできるかもしれない。だが、こんな行動まで彼らに扮することはできない。振る舞いの一つ一つが、ミズカを元気づける。いつもそうだった。だから、夜が好きになったのだ。

21/27ページ
スキ