32章 最後の戦い

「フィー!」
「ミズカ、起きてよ!」

エーフィとマサトが大きい声で叫ぶようにミズカを呼んだ。しかし、結果は同じだ。反応はない。

「無駄だ。この悪夢は一時間以内に起きなければ、一生目を覚ますことはないだろう」

ノリタカがこちらに来たと思うと、ミズカを見下ろした。その瞳に何が映っているのか。サトシ達はノリタカの表情までハッキリと見る余裕はなかった。

「ミズカから離れてもらおう。でなければ……」

離れなければ、すぐにでもミズカを殺すと言いたいのだろう。サトシ達は睨みつけるが、こうなったミズカを治す術を持っているのはノリタカだけだ。

仕方なく、サトシ達はミズカから離れた。


「ん……。ここは……」

ミズカは目を開けた。ここが悪夢の中だと言うことはわかっている。ナイトメアの特性を彼女もわかっていた。

「嫌な空気……」

少し肌寒い。立っている場所を見渡す。荒地に、赤紫色の空に黒い雲、後は何もない。殺風景だ。不気味な空気が漂っている。この空気に気持ちも引きずられそうだった。

「ミズカ」

不意に誰かに呼ばれて振り向いた。その瞬間に背景が自宅に変わった。今の家ではない。昔に住んでいた家だった。

目の前には、幼稚園児のミズカと母親が立っている。母はミズカの肩を掴む。ミズカには、その光景に見覚えがあった。おそらく昔の記憶だ。首を傾げながらも、二人のやり取りを眺める。

「な~に?」
「明日から、お母さん、夜の仕事をするの」
「ふ~ん」
「でもね、絶対に誰にも言っては駄目よ」
「……うん!」

胸が痛かった。目の前で自分が頷いている。十年も前の記憶なのに、母の言葉は今でも鮮明に憶えている。そんな幼稚園児のミズカは、母が仕事に行ったのを確認すると、今のミズカに駆け寄ってきた。

「本当は寂しかったよね。お母さんが、夜働くって言って」
「え……」

聞かれて言葉が詰まった。場所はいつの間にか荒地に戻っている。

「弟は、嫌だ嫌だって鳴き喚いて、だけど、お母さんが行っちゃうと寝ちゃって……。あたしは夜独りぼっち……」

昔の記憶……。独りの夜が嫌いだった。なんで、母が仕事をしなければならないのか、不思議でならなかった。ノリタカのせいだと言うのは理解できていたが、だからって夜にいなくならなくても良いじゃないか。ミズカはそう思っていた。

「夜が嫌い。独りが嫌い。お母さんが仕事へ行く前に、泣き叫ぶ弟が嫌い。そう思う自分も嫌い。帰りが遅いお父さんも嫌い。好きなのは、独りにならない場所」

目の前にいる幼稚園児の自分が思っていることを、よく憶えている。最初のうちはそう思っていた。しかし、思っても何もならないとわかり、いつしか心の奧にしまい込んでいた。
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