32章 最後の戦い

「これで、自分を刺せ」

ノリタカの言葉に息を飲んだ。まさか、自分で自分を刺せと言われるとは思ってもみなかった。とはいえ、こちらはサトシが怪我を負い、仲間たちは人質にされている。戦えるポケモン達も戦闘不能だ。

ミズカは小さく息を吐いた。そして、サトシを連れる。近くの木に彼に寄っかかってもらい、そこに座らせた。

「サトシ、ここで座ってて」
「あ、おい!」

サトシは止めようと手を伸ばすが、身体が言うことをきかなかった。ミズカの服の裾に触れただけで、止めることができない。

「残念だな。ここまで生かしてやったんだ。さっさと死ね」

ノリタカはニッと笑い、ミズカに言った。彼女は無視して、ナイフを手に取る。あの時の記憶と気持ち悪さが蘇った。全身、鳥肌が立つ。すぐにでも手放したい。

「ミズカ……、たしか、あの時以来、ナイフは一切持ってなかったわよね……」

カスミが言う。ミズカは、あの事件以来、刃物を一切持たなかった。病室に置いてある果物も自分で剥かず、何もせず、じっと見てるくらいだった。

彼女は刃物を見るだけでも嫌になっている。そんな状態で、ナイフを持っている。相当な無理をしているに決まっていた。

「ミズカ……。もう良いわ! ナイフを置いて……」

堪らず、ハルカが叫ぶ。皆も思ったのか、口々に言うがミズカはナイフを手放さなかった。気持ち悪さと辛さと悲しさと……。ナイフにはミズカにとってのネガティブな感情をすべて詰め込まれていた。

「ねぇ、お父さん……?」

ナイフを見つめながら、恐る恐る口を開いた。

「何だ。最後の遺言か」
「どうして今頃、あたしを殺そうとするの?」

ナイフを持つ手が震える。最後の望み。何か他に理由があった。本当はミズカを殺したくない。だから、自分で自分を刺せという。そんな言葉が来る期待を最後にする。

「ギリギリまで生かしてやっただけだ。この年齢以上行くと、お前を殺しにくくなりそうだからな」
「……」
「ゲームだと言ったはずだ。簡単過ぎるゲームも難し過ぎゲームも好きではない。少し手応えがあるゲームが一番面白い」

結局、ノリタカはゲームだと言い張る。ミズカは胸が締め付けられる思いだった。

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