31章 存在

「待ってくれよ。父さん!」

サトシは息を切らしながらも、やっとの思いでノリタカを呼び止めた。

「なんだ。まだ言いたい事があるのか。ま、山ほどあるだろうな」
「ミズカには、もう関わらないでくれ」

言いたいことは、それだった。ミズカをこれ以上苦しめたくなかった。そもそもミズカには、もう彼以外に父親がいる。今更昔の話を掘り返してほしくはない。

「それは聞けない話だな」
「あいつは、散々辛いことがあったんだ。だから……」
「関わらないで欲しいか……。俺には逆に聞こえるがな」
「え?」
「辛いことがあったのなら、殺してやった方が楽になる……。これからも辛いことがあるかもしれない。だったら殺してやった方がいい。そう思わないか?」

ノリタカはドアを出し、あちらの世界へ逃げていった。サトシは少しノリタカが自分に言い聞かせているように聞こえた。

「……殺した方が楽になる?」

そんなわけがない。悔しくて、すぐそばにあった木をドンと叩いた。

「サトシ!」

シゲルが追いつく。サトシの様子に気づき、顔を覗かせる。

「大丈夫かい?」

サトシに危害がない。ホッとする。

「なぁ……、どうやったら、父さんを説得させられるんだろ……」
「一体、彼から何と言われたんだい?」
「ミズカに辛いことがずっと続いていたなら、殺した方が楽になるって……。何言っても、ミズカを殺す気みたいなんだ……」

サトシはいつかミズカと話した会話を思い出した。

『もしまたお父さんと接触する事があったら、懲らしめるんじゃなくて、これは間違いだってわかってもらう。あたしは、生きたいって、死にたくないって言う。わかってもらえるまで、ずっと……』
『俺も戦うぜ! 絶対にわかってもらおう』

あの時の考えは甘かったのかもしれない。今、ミズカに同じことを言われたら、「わかってもらおう」なんて、強気に言えるだろうか。本当に説得が出来るのだろうか。

「サトシがそういう考えでどうするんだい?」

シゲルの言葉にハッと我に返った。
15/19ページ
スキ