3章 チコリータ、ゲットだぜ!

しばらくして、治療室のドアが開いた。中からジョーイだけ出てくる。ミズカは立ち上がり、ジョーイに迫った。

「ジョーイさん! チコリータは?」
「大丈夫よ。明日には、元気な姿になってるわ」

ジョーイの言葉にミズカとカスミは顔を見合わせる。口角を上げ、「ありがとうございます!」とお礼を言った。

「事情を聞かしてくれないかしら?」
「はい」

ジョーイにミズカは全部話した。ジョーイは目を丸くして聞いていたが、そういうことは稀にあるらしく、動揺は見られなかった。どうやら、本当に鍛えるためでやりすぎてしまうパターンもあるという。

「あなたはチコリータをゲットするつもりなの?」
「いいえ……。野生に返してあげようと思ってるんです」
「どうして?」
「あの子のためにもそれが一番いいと思うんです」

自分ができるのはここまでだ。ジョーイはミズカの言葉を聞くと、「そう……」と呟く。チコリータのためにも。ジョーイはチコリータが気を失っていたため、ミズカとチコリータとの関係性はよくわからない。だから、返す言葉が見つからなかった。

「それじゃ、部屋に戻ります。本当に有難うございました」

ミズカは頭を下げて部屋へ向かって歩き出す。

「ミズカはそれでいいの?」

隣を歩いているカスミが口を開いた。

「え?」
「ゲットしたいんでしょ?」
「まあね……」

まさか聞かれると思わなかった。ミズカは苦笑する。

「いいの?」
「さっき聞いてたでしょ。チコリータのためにもそれが一番いい」
「なんで、そう思うのよ?」
「だって、あんな目に遭ったんだよ? チコリータには好きなようにして欲しいじゃん。そこに人間が関わらないほうが良いと思う」

カスミは何も言えなかった。誘えば、チコリータは応えてくれるかもしれないが、それが本意なのかはカスミもわからない。

ミズカは一旦部屋に戻ると、すぐに部屋を出てチコリータのいる病室へと入った。寝ているチコリータを起こさないように、静かにベッドの横にある椅子に座る。ついてきたイーブイもミズカの膝の上に乗った。

「……」
 
チコリータを見つめながら、ミズカは思考を巡らせる。チコリータを自由にさせるとして、彼女に出来ることはなんだろうかと。

手紙? いや、相手はポケモンだ。第一、字が読めない。歌? この世界の歌は一切知らない。そういえば、どんぐりのパラシュートをこないだ学校で作った。……作ったからなんだ。それをプレゼントしたところでチコリータは困ってしまう。

ミズカは、まだ8歳だ。人とのコミュニケーションの取り方を、ちゃんとわかっていない。人との関わり方は下手ではないと思う。

『ミズカちゃんは、いつも元気で、いろんなことに積極的でしっかりされています。8歳とは思えませんね』

学校の先生が面談の時にいつも言うらしい。それを母からは何度も聞かされる。年齢以上にしっかりしています、と。

とはいえ、ミズカはまったくそんな気がしていない。今回だって、こんなに狼狽えている。結局自分はチコリータに何もできていない。タケシの言うポケモンとの在り方が、自分とチコリータにもあるとするなら、自分は多分間違ったことをしている。

本当はそっとしていたほうがいい。最低限の関わりでいい。チコリータにも仲間になってとは言えなかった。なのに、まだ関わろうとしている。お別れになにかプレゼントしたいなんて、烏滸がましいのに。
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