31章 存在

「じゃあ、あたしはもとの世界に……、戻らない方がいいの?」

この世界に手鏡があるなら、他の誰かがミズカの手鏡を持っていると思う。しかし、向こうの世界に手鏡があるとなると、持ち主はミズカしかいない。しかも移動しているのだ。横断は危険という事になる。

「オーキド博士は、そう言ってた」
「ちょっと待ってよ。もし、ずっとこの世界にいたら、もとの世界じゃ、あたしがいないまま朝を迎えちゃう……。そしたら……」

家族は当然、ミズカがいないと焦るだろう。彼女は俯いた。

「君の気持ちはわかる。だけど、今は自分を大切にしてほしい」
「そうだけど……」

母の心配した表情が浮かぶ。このままずっと会えないのは、ミズカにとって辛い。これ以上、母に心配させたくなかった。

「事情なら、後で話せば良い。もう危険な事はしないでくれ」

黙るしかなかった。わかっているが、頷けなかった。

「どちらを選ぼうが同じだがな」

その声を聞き、ミズカとシゲルは目を見開いた。病室の窓から入って来たのはノリタカだった。

「カ……スミ。ハ……ルカ……?」

ミズカはごくりと息を呑む。

縄で縛られ、口をガムテープで封じられているカスミとハルカがいた。2人は、シンオウ地方にはいないはずだ。ということは、ノリタカが二人を連れて来たことになる。なぜ? ミズカは怪訝になった。

「ミズカ! 父さんが……!」

そこへサトシ達が勢いよく部屋へ入って来た。エーフィとピチューは、ミズカの側に来る。サトシはオーキドに電話していたはずだ。どうやら、オーキドはノリタカが来ることがわかったらしい。

「カスミ、ハルカ……。どうしてここに……」

そんなサトシも、やはり目に入ってきたのは、カスミとハルカだった。

「その様子じゃ、博士もさすがに2人を連れてきたことまではわからなかったみたいだな。電話していたんだろう? オーキド博士に」

サトシは黙り、顔をしかめた。

「まあいい。折角だ。教えてやる。その間に少しでも動いたら、2人をこれで切るからな」

ノリタカは、ナイフを出した。ミズカは、思わずお腹を抑える。昨日のことを思い出し、身体が震えてきた。エーフィとピチューは心配そうにミズカを見る。シゲルは、そんなミズカに気づき、バレないように、そっと彼女の手を握った。それが良かったのか、ミズカは少し落ち着く。

「俺はただ、手鏡無しでこの世界とあっちの世界を往復出来るわけじゃない。この世界に関しては、行きたい所に何処でも行けるようになった。ミズカに止めを刺さなかったのはゲームを楽しくするためだ。簡単に死なれては俺の気持ちは晴れない」
「そんなミズカはオモチャじゃないのに……」

ヒカリは両手を口の前にやった。まともに聞いていられない。
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