30章 戦慄の戦い

その頃サトシ達は、ミズカの近くにいた。ピチューがミズカやエーフィの匂いを見失い、少し焦っていたのだが、ちょうどエーフィの叫び声が聞こえ。

その方向に猛ダッシュで走る。

――ミズカ……、死ぬなよ!

サトシは必死に願いながら走る。続いて、ヒカリもタケシもシゲルも、サトシと同じ思いで走っていた。

サトシ達はエーフィが叫んだ場所へと着いた。

「ミズカ!」

着いて休む間もなく、サトシはどこにいるかわからないミズカを呼んだ。息が上がる。暗くてよく見えない。

必死に探して、誰かが倒れているのを見つけた。倒れている者を見下ろしているのは父親だった。間違いない。倒れているのはミズカだ。エーフィもコダックの催眠術で眠らされたのか、ミズカの隣に倒れている。

「少し遅かったな」

ノリタカの一言に、サトシは焦ってミズカへ駆け寄る。

「ミズカ! おい、ミズカ!」

体を揺らして呼ぶが返事はない。目を瞑ったままだ。ごくりと息を飲む。手にヌメッとした触感を覚えた。恐る恐る、目を凝らして手についたものを見る。自分の手が赤い。……それは血だった。月に照らされて微かに見える。地面を見ると、血が滲んでいるのがわかった。

サトシは頭が真っ白になった。悔しさが押し寄せて来る。間に合わなかった。血で染まった手が震える。

それを見ていたピチューは俯いた。血塗れになったミズカの姿を見ていられなかった。目に涙が浮かぶ。自分がもう少し早く起きられたらと思う。ピカチュウも、顔を歪める。こんなこと起きて欲しくなかった。ピカチュウはピチューを優しく抱きしめた。

タケシは呆然とその場に立つ。ヒカリはその場に泣き崩れた。

「なんでだよ。なんでだよ、父さん!」

サトシは、父親の胸ぐらを掴んで睨みつけた。ノリタカは表情がない。動くこともなかった。自分の妹が、自分の父親に殺される。……守りきれなかった。

「ミズカには、殺される理由なんかないだろ!?」

サトシが叫んだような声で言う。

「理由がない? 十分あるだろう。コイツのせいで、お前は父親にずっと会えなかった」

たしかに、ミズカが生まれたから、父親とは会えなかった。しかし、それをミズカのせいだとは思っていない。

「違う! 父さんのせいだ!」

必死で反抗するサトシ……。しかし、父親には反省の『は』の字も見つからなかった。

「無駄だよ、サトシ……」

そう言ったのはヒカリでもタケシでもなかった。シゲルだった。そのシゲルの表情は初めて見たはずなのに、知っている気がした。前にも、彼はこんな表情をした。寂しそうで、しかし、それを抑えているような表情を。

「シゲル……」

何もかも思い出した。シゲルの表情で……。サトシは、二年前の出来事を思い出してしまった。今まで、夢の中の話だった。しかし、自分の感情、シゲルの表情、ミズカの表情、全てを思い出した。しかも、こんな時に……。

ドッドッドッと心臓が胸を叩く。

「シゲルか」

ノリタカはシゲルを見た。シゲルは無視して、ミズカに近寄ってしゃがんだ。彼は、ノリタカと話したくないようだ。

それよりも、ふと気がついたことがあったのだ。

「サトシ」

冷静にサトシを呼んだ。サトシはまだノリタカの胸ぐらを掴んだまま、無言でシゲルを見た。
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