30章 戦慄の戦い

不意に、シチューが目に映った。目の前にあったのに、さっきまで全く視界に入っていなかった。一度立って、動揺して、一周回って落ち着いたのかもしれない。

ミズカは今まで当たり前にあったものを見た気がした。

もし、最後かもしれないと覚悟を決めるなら、このままでいいのだろうかと。

手をつけていないシチューのいい香りがする。これだって、ポケモン世界に来るといつもタケシが作ってくれた当たり前のものだ。

ゆっくりスプーンを手に取り、シチューを食べた。ミズカの中で本当の気持ちが、大切にしなきゃいけない気持ちが少しずつ溢れてくる。

もっと、タケシのシチューが食べたい。

そう思いながら、食べる。いや、それだけじゃない。ポケモン世界はミズカの支えになっている。当たり前でいて、感謝することが沢山ある。

もっと、仲間たちといたい。
もっと、ポケモン達とじゃれ合いたい。
もっと、サトシとバトルしたい。

ヒカリとコンテストの話をたくさんしたいし、マサトといつかバトルしたいし、ハルカとは美味しいものを食べながらお喋りをしたい。

カスミと恋バナで盛り上がりたいし、ハナダに遊びに行けたらとも思う。大好きな人にだって、自分の想いを伝えたい。

エーフィ、チコリータ、ピチュー、プラスル、マイナン、チルタリス、サーナイト、バシャーモ……。彼らとだって、いつかリーグに出場できたら。

ボロボロと涙が出てきた。ミズカにとって今日が最後なら、これらのことを全てやるのは不可能だ。もちろんこの先叶わないこともあるだろう。でも、ここで終わったら可能性はゼロになる。

何を考えていたのだろう。ただ、恐怖心に溢れていて、大切な物を見落としていた。

もっと……笑いたい……。

もしこれが最後なら、もう笑うことだって出来ないかもしれない。せめて最後は笑っていたい。ミズカが涙を流しながらシチューを食べていることに誰も突っ込む者はいなかった。

実父に立ち向かわなければならないミズカが、何を考えているのか。

少ししょっぱく感じるシチューの最後の一口を食べた。コップに入った水を飲む。今まで以上に生きている感じがした。

「ごちそうさまでした!」

と、笑顔で言った。仲間が傷つかず、仲間と、もっといる方法……。それは単純に説得できれば良いだけだ。

今日、父親と決着をつけたい。意志は固まった。
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