3章 チコリータ、ゲットだぜ!

「カスミ、イーブイをよろしく!!」
「え!? あ、ちょっと!」

カスミが呼び止める声を背に受けながら、ミズカは止まることなくチコリータを追いかけた。チコリータは川に向かって走っていった。とはいえ、昨日の今日で体力は戻っていない。走り切れずに、途中から速歩きを始める。

「ねぇ、チコリータ。お願いだから傷が完璧に治るまで、あたしに見守らせて!」

ミズカは、チコリータの2メートル後ろを歩いた。近づきすぎると、体力もないのに攻撃をしてきそうだ。無理はさせたくない。だから、一定の距離を保ってついていく。

チコリータはミズカの申し出につーんと無視をする。しばらく歩いてると、川沿いに出た。

「激しい……」

ミズカは川を見て呟く。昨日と同じ流れの速さに顔は引きつる。一度落ちたら、自力で助かるのはまず無理だろう。引きつるミズカをチコリータはチラッと見て、また前へ進んでいく。

川を見つめながら歩いていると、旅人と思わしき男が正面から歩いていた。歳はタケシと同じくらいに見える。立ち塞がるように進行方向を塞ぐ彼に、ミズカは首を傾げた。

男はチコリータを見る。チコリータの動きがピタリと止まった。

「よう! チコリータ、お前こんな奴に拾われたのか」

男は口角を上げ、意地悪そうにチコリータに話しかけた。チコリータの体がブルブルと震えている。それを目の当たりにし、ミズカはこの男がチコリータのトレーナーであることを悟った。

「……この子のトレーナーなの?」
「そうだ。正確に言えばそうだった、かな」
「まさか……、逃がしたの?」
「逃がしたとは、またいい言葉だな。俺は捨てたって感じだけど?」

ミズカはチコリータを見つめる。顔が青ざめている。

「チコリータに暴力振ったんでしょ!」
「暴力……? あれは暴力じゃねぇ、鍛えてやったんだよ!」

ーーこいつ、最低……!

ミズカは男を睨み付けた。意地悪そうに笑っていた顔が、不機嫌になる。

「なんだ? なんか文句でもあんのか?」
「あんなにまで傷つけちゃって文句あるに決まってるでしょ! 鍛えるにしても、もっと方法は他にある!」
「正直に言ってやるよ! こいつはタダのストレス解消のために捕まえたのさ!」
「……ストレス解消?」

ミズカは耳を疑った。ポケモン世界に来るということは、すなわち、嫌な部分も見えてくるということだ。確かにロケット団や悪い奴らをアニメで観たことはある。トレーナーだって、皆が皆、サトシ達みたいでないこともわかっている。

それでもミズカは、ポケモントレーナーは皆ポケモンを大切にしていると思いたかった。サトシ達の進む世界が、ポケモンの世界なのだと信じたかった。ここはファンタジーではない。現実だということを突きつけられる。

ぎゅっと拳を握る。こんなの虐待以外の何物でもない。ミズカは男にズカズカと近づいた。怪訝に見下ろす男に手を振りかざして頬を思い切りビンタした。

チコリータは目の前の少女に驚いた。出会って間もない人間が、自分の元主を叩いた。赤い瞳が揺れる。

「イッテェ~。てめぇ! 何するんだよ!!」
「当たり前でしょ!! チコリータはこの何十倍も、痛くて苦しかったのよ!」
「知らないね。そんなのは。行け、オニスズメ!」

男がオニスズメを出した。ミズカはハッとする。イーブイはこの場にいない。ポケモンバトルに持ち込めない。

「オニスズメ! この女に向かって、電光石火だ!!」
「オニ!」

ミズカはギリギリのところで避けた。しかし、チコリータが吹っ飛ばされ、激しい川に流されてしまった。

「チコリータ!!?」
「はっ、最後まで鈍臭い奴だな」
「あんた、最低!!」

ミズカは男を睨みつけると、チコリータを助けるべく激しい川を飛び込んで行った。

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