「サトシ」

呼ばれると思っていなかった。サトシは起き上がりベッドから降りる。

「……何だ？」

サトシはごくりと息を呑む。何を言われるのだろうか。緊張する。しかし、サトシはミズカの今までを知っている。だからこそ、互いに歩み寄るような話ができればと思った。

ミズカとなら許し合えるし、そんなこと気にしないと言える。何より、あの最悪な１日よりも長く旅をしているではないか。サトシはカスミとまではいかないが、ミズカと仲良い自負はあった。

ドアノブに手を掛けたまま、ミズカは口を開く。

「縁……、切ろっか」

サトシは目を見開く。自分と思っていることと反対のことを言われた。サトシは胸の鼓動が早くなるのを感じた。何もしてないのに息が上がる感覚。

「……何言ってるんだよ」
「もうあたしはポケモン世界に来ないって言ってるの」

縁を切るのは、自分とだけではない。彼女はポケモン世界の出会い全てと縁を切ると言った。

「な……。俺なら気にしないぜ。だから……」
「今まで通り友達でいようって言いたいの？」

言葉に詰まりながらも説得しようとするサトシに、ミズカは質問する。サトシは何も返せなかった。旅仲間でいよう。自分の言いたいことを読まれている。

ミズカは自身を嘲笑した。

「無理だよ。もうあたしはサトシを友達として見れない。もちろん、兄妹としてもね」

こんなに面と向かって言われると思っていなかった。友達でもないと。兄妹でもないと。それはもう仕方がない。ミズカが受け入れられないなら、サトシは引くしかない。

「だからって、皆にはもう会わない気かよ」

しかし、ミズカの出会ったのは自分だけではない。最高のパートナーがいる。親友がいる。ミズカを支えた仲間たちがいる。自分のことだけで、簡単に縁を切るなんて言ってほしくなかった。

「だったら、どうだって言うの」

いくらなんでも投げやりなミズカにサトシは到頭憤怒した。サトシはミズカの胸ぐらを掴む。彼女の言葉は、仲間はどうでもいいと言っていることになる。ミズカは胸ぐらを掴まれたものの平然としていた。

「ふざけるなよ！　お前の仲間に対する気持ちって、そんなもんだったのか？　そんなにすぐ捨てられる物なのかよ！？」
「うるさいな。どう思おうが人の勝手でしょ！　サトシだって、あたしがいない方がいいじゃん。自分の父親を奪った奴が消えた方が嬉しいでしょ？」

侵害だ。そんなことは思っていない。なんでわかってくれないんだと、サトシはミズカを殴った。ミズカも避けることなく、素直に殴られる。床に尻餅をついた瞬間にヒカリ達が入ってきた。

「どういう事だ。ミズカがサトシの父親を奪ったとは……」
「ミズカ、大丈夫？」

心配した表情で部屋に入って来たヒカリとタケシ。ヒカリはミズカに駆け寄る。タケシはサトシを制するように、ミズカとサトシの間に入った。ミズカに表情はない。

ピカチュウが不安げに二人を交互に見つめる。二人がこんな大喧嘩をしたところなんて見たことがない。

「平気、余計な心配しないで。あたしが、サトシの父親を奪ったって……、そのままの意味。簡単に言えば、あたしとサトシは異母兄妹だったってこと」

のそりと立ち上がり、リュックに手を伸ばす。驚き、動揺しているヒカリとタケシを横目に、ミズカは手鏡でいつものようにドアを出した。