――二年前。

それは突然の出来事だった。この日はたまたま、オーキド研究所でサトシとシゲルが泊まる約束をしていた。シゲルはそんなつもりがなかったが、オーキドが勝手に約束してしまったのだ。

サトシが研究所に来ると、二人は庭に行ってポケモン達と遊ぶことにした。オーキドは研究の仕事で忙しく、部屋に入ったままだ。

「ちょっとトイレ行ってくる」

遊んでいる途中、サトシはそう言い、トイレに行った。とりあえず、シゲルもついて行く。サトシがトイレに入るとタイミングよくインターホンが鳴った。オーキドは研究中で出れないはずだ。

シゲルは、サトシが忘れ物でもして、母親が持ってきたのではないかと思った。だから、誰かも確認せずに、玄関を開ける。立っていたのは幼い女の子を抱いた見知らぬ男性だった。

「シゲルか？　いやぁ、君が出てくるとは……」

この男性はシゲルを知ってるらしい。無論、シゲルには全く覚えのない人である。誰なのかわからない人を入れるわけにもいかず、シゲルはすっかり困惑してしまった。

「シゲル、誰じゃったんじゃ？」

そこへ、オーキドが一段落済ませて玄関に来た。後はなんとかなるだろう。そう思い、シゲルはサトシのところへ戻ろうと後ろを向き、一歩進んだ。しかし、それ以上歩く事が出来なくなった。

「お前さん！　何しに来たんじゃ！！」

オーキドが凄い勢いで目の前の男性に怒鳴りつけたのである。そんな祖父の怒鳴り声を聞いたことがなかった。シゲルは驚いて振り向いた。

見知らぬ男に抱えられている幼い少女は驚いて泣きそうになる。それに気づき、ハッとしたオーキドは咳払いした。シゲルは、ごくりと息を飲んだ。きっと自分はここにいてはいけないのだろう。そう思ったものの好奇心からか、聞くことを選んでしまった。

男性は、静かに、そしてハッキリとこう言った。

「サトシに会わせて下さい」
「お前さん、それだけではないじゃろう……」

この会話を聞いているシゲルは意味がわからなかった。 なぜ、この男性はサトシに会いたがっているのだろうか。

オーキドの厳しい口調と表情はいまだに変わらないままだ。

「何故、そう思うんですか？」

聞く彼は、オーキドの返事をわかっているようだった。オーキドは眉を潜める。

「俺が、サトシを捨てた父親だからですか？」

男性の言葉に、シゲルは目を見開いた。この一言で全てわかってしまった。彼がサトシの父親であり、抱かれた女の子がサトシの妹と言うことが。賢いシゲルだから、もう一つ重要なことを見落としていない。

サトシを捨てた……。つまり、この男性は他の女性との間に、抱かれた女の子を授かったということだ。急に恐くなる。急いでサトシの所へ戻る。

サトシはもう済んだようで、トイレの前で待っていた。落ち着きのないサトシにしては珍しい。