ほか


side.i
夕方の陽が、縁側を淡く照らしている。
この家は退職後にのんびりふたりで暮らすために購入した場所。
俺の隣には座布団が一枚、今も変わらず置いてある。

「パン屋でさ、メロンパン売ってたの。志摩ちゃんの好きな緑色のだよ」

きっと笑ってる。
またメロンパンかって、それでも楽しそうに聞いてくれるんだ。

「志摩がいなくても、ちゃんと飯も食って歯も磨いたよ。えらいでしょ?」

俺はちゃんと生きている。
本当は志摩の後を追おうとしたけど、みんなに止められた。
だから、志摩とのふたり暮らしを今もそのまま続けてる。

朝起きて「おはよう」って声をかけて、夜は「おやすみ」って言って。
返事がなくても、どんな顔するかどんな言葉をくれるか全部わかる。
だって、そのくらいずっと一緒だった。

「志摩ちゃん、夕焼けきれいだねぇ」

しばらくして、立ち上がる。
また明日も、この縁側に座って志摩に話しかけるために寝ないといけないから。
ご飯もちゃんと作って、歯も磨いて、だらしないって怒られないように。
志摩に愛想を尽かされないように。

「また明日。おやすみ、志摩ちゃん」

姿はなくてもふたりで暮らしてる。
静かで、甘くてあたたかい、ふたり暮らし。

side.s
伊吹が縁側でお茶を飲んでいる。
今日も、俺のための座布団を隣に置いて。
いつもと変わらず、まるで今もおれがいるみたいに話しかける。

「志摩ちゃん、今日も暑いねぇ」

そして、その声をすぐそばで聞いているのは、今も変わらずおれだった。
あの日、息を引き取って姿形がなくなってからも、この家から、伊吹のそばから離れられなかった。

毎朝、ぼんやりと寝癖をつけた伊吹の頭を眺めて、幽霊になってまできゅるを感じる。
おれがいた頃より適当になった料理に、あの彩りや手の込んだものはおれのためだったのかと愛を実感して、また伊吹のごはんが食べたいと思った。

伊吹が自殺を図ろうとしたときには、自分の方が先に死んでいるにも関わらず怖くて怖くてしかたなかった。
伊吹は変わらず自分を想ってくれている。
それが、嬉しくて恥ずかしくて、無いはずの胸の奥がずっと熱い。

「志摩ちゃん、今日の空も綺麗だねぇ。志摩ちゃんこういう空好きそう」

…好きだよ。

空も、そんなお前の感性も、いつまでもおれに話しかけてくれるその声も。
好きだよ、いぶきのことがいまも好きだよ。

「また明日。おやすみ、志摩ちゃん」

伊吹がお茶を飲み干して立ち上がると、いつものように言った。
おれは、聞こえないとわかっていながら返事をする。

ふたりの暮らしは、変わらない。
たとえ姿はなくても、声は届かなくても、この家はずっとふたりのまま。
これからもずっと、明日も、明後日も。
変わらずふたりで暮らしていく。
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