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ほか


船内は静まり返っていた。
いつの間にか夜になり暗闇に飲み込まれそうな空間。
久住も操縦士の外人も殺して、海に出た。

俺の腕の中には志摩がいた。
もう、動かないけれど確かにいた。

「志摩、起きて」

声をかけても、指先でその頬に触れても、何ひとつ返ってこない。
わかっていながら、何度話しかけただろう。
触れた頬は、いつの間にか冷たくなっていた。

怖かった。
このまま腐って、志摩がこの世から消えてしまうことが。
どんな死よりも、どんな痛みよりも、それが恐ろしくてたまらなかった。
志摩がいない世界なんて、生きていく意味がないのに、自分の身体はまだ動いて、心臓は勝手に鼓動を刻む。

「ごめんね」

涙を流しながら、そっとその唇に自分の唇を重ねる。
冷たかったけど、愛しい。
どうしようもなく、狂おしいほど愛しかった。

思い出す、寝起きの顔。
酔っ払うと幼い口調で甘えてくる姿。
愛し合った夜。
そんな記憶が次々と胸に溢れて、苦しくて、息が詰まりそうだった。

「腐っちゃう…やだよ、志摩」

それが自然の摂理だってことくらい分かってた。
人の体なんて、命を失えばすぐに朽ちる。
冷たく、固くなって、やがてこの世から形を失う。

でも、それだけは嫌だった。
誰にも渡したくなかった。
なら、自分の中に還すしかない。
そう思った瞬間に、きっと俺の中の理性は静かに崩れたんだ。

「痛くないよ。もう痛くしない…ごめんね」

震える手で、志摩の指先を持ち上げる。
何度も触れた大好きな手。
唇を寄せて、その指先を口に含む。
噛む、なんて言葉じゃなく、ただ抱きしめるように、飲み込むように。

血の味も肉の感触も、そんなものはどうでもよかった。
そこに志摩がいる、それだけでよかった。

「…ずっと一緒だよ、志摩」

涙が零れる。
嗚咽混じりの声で、志摩の名前を呼ぶ。
自分の中に還すたびに、思い出がぶわっと蘇る。

散歩した夜のこと。
雨の日に、肩を寄せ合って帰ったこと。
小さな喧嘩をして、ふたりして黙り込んだ日。
仲直りして指先を絡めながら寝た夜。

その全てが、身体の内側に染み込んでいく。
どんな記憶もどんな言葉も、誰にも消せないように。
やがて、志摩の身体は少しずつ消えていった。
俺の身体の中に、その愛しい欠片が還っていく。

それは決して狂気なんかじゃない。
愛して、愛して、愛しすぎた結果だった。
きっと、誰にも分からない。

いつのまにか船内には朝日が差し込んでいる。
瞼を閉じると、胸の中で志摩の声がした気がした。

誰にも渡さない。
ずっと、俺の中で生きてて。
そう願いながら、俺もそっと目を閉じた。

誰にも知られず、ただ静かに、ふたりだけの形で最期まで愛し合った。
ふたりは、永遠に。
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