with横山
事件が解決して、もう聞き込みの必要はなくなった。
それなのに、伊吹はずっとデスクの前で腕を組んで唸っていた。
「うーん…行く理由がないんだよなぁ」
志摩が呆れたように小さくため息をついて横を見る。
伊吹はふてくされたように頬杖をつき、机を指でとんとん叩いていた。
「…なんだ」
「横山ちゃんの家」
「ヨコヤマ?」
「漫画家さんの」
そういえば理由を作ってでも行くと意気込んでいたなと思い出す。
一過性のものではなく、本当に会いたかったのかと少し驚いた。
「そんなに会いたいか?」
「だってさ、あの漫画めちゃくちゃ良かったの。ファンレター出した相手が目の前にいたなんて運命じゃん?せっかくならやっぱり直接言いたいじゃん?」
素直すぎるほどの言葉に志摩は肩を落とし、またひとつ息を吐いた。
いろいろ言っている伊吹だが、その目は何がなんでも行くと決めているように感じるから厄介だ。
「…事件が解決しました、ありがとうございましたって伝えに行くくらいは、まぁ、いいんじゃないか」
九重から甘いんですよと言われたのはこういうところかとようやく自覚する。
しかし、伊吹の顔が明るくなったのを見ると悪い気はしないのだ。
「いいの!?行っていいの!?」
「…お前が行きたいなら、行けよ」
目をそらしてぼそりと呟けば、伊吹は満面の笑みを浮かべた。
まるで尻尾をぶんぶん振り回してるような犬のように勢いよく立ち上がる。
「志摩ちゃん最高!天才!好き!!」
「うるさい、早く行くぞ」
志摩はわざとらしく気だるそうに返事をするけれど、その口元はうっすら笑っていた。
こうして、もう一度横山のアパートの前に来たふたり。
伊吹は気合いを入れ、ドアチャイムを鳴らす。
——ピンポーン。
「…あ、どうも、、また何か?」
「この前はありがとうございました!事件無事に解決しました!ご協力ありがとうございました!」
横山は、伊吹のあまりに元気の良い挨拶に一瞬怯んだ後ふわりと目尻を下げた。
基本的には周囲の人間を敵だと認識しているゆえ、攻撃してこないとわかれば気は緩む。
「ちょっと近くまで来たから、ご挨拶だけでもと思って」
そう言いながら、伊吹はちゃっかり室内を覗き見る。
テーブルの上には、ぐしゃぐしゃのネームの山。
目ざとくそれを見つけた伊吹のテンションが一気に跳ね上がった。
「それっ…!やっぱり漫画描いてんの!?すげぇ!!」
「声がデカい。横山さん引いてんだろ」
志摩は伊吹を軽く叩き、保護者のように頭を下げる。
横山もつられて頭を下げてから、苦笑いを浮かべた。
「全然売れないんだけどね、漫画家やってんの」
「この前気づかなかったんだけど、新人コーナーに載ってたよね?」
「ぇ」
「俺さ、あの漫画めっちゃ好きで!なんかこうぐわーってなる感じ?我慢できなくてこの前ファンレター送ったんだけど、こういうのって読んでもらえんのかな、まあ俺文章書くの苦手でさあ、簡単なことしか書けなかったんだけど、でも俺本当に「伊吹」
我を忘れて言いたいことを全部ぶつけている最中、志摩に名前を呼ばれて制される。
何よ志摩ちゃんと横を見てからアイコンタクトされるままに、横山ちゃんのほうに視線を向けると泣いていた。
「え、あ、ごめん、俺喋りすぎた…よね?横山ちゃんの嫌なこと言っちゃった?俺、本当に好きでその…」
目の前に、自分の描いたものを真っ直ぐ好きだって言ってくれる人がいて。
しかもそれが、あの手紙の送り主だなんてこんなの運命だろ。
「伊吹くんだっけ?あのさ、よかったらほかのネーム見てくれない…?」
気がつけば、そんな言葉が口をついていた。
こんなこと話せる人間は今までいなくて、ずっとボツをくらっているから自分の漫画を読んでもらう機会なんてそうそうない。
だから正直少し怖くて、知らない間に手が震えてしまう。
それなのに、伊吹くんはそんなことを一蹴するほどに輝いた瞳を見せてくれた。
「いいの!?マジで!?めっちゃ読みたい!!」
「…ボツになったやつだから、面白くないかもしんないけど」
「絶対面白いよ!だって横山ちゃんの作品だもん!ね!志摩も見せてもらおうよ!」
伊吹の勢いに志摩も横山も圧倒されて苦笑いを浮かべている。
しかし、この場にいる全員の心はとてもあたたかかった。
そして、新しい物語のページがまた静かに捲られる。
