ノーマル
ふたりの部屋には、外の暑さを忘れるほど冷えた空気が満ちていた。
志摩が見ていない隙に、俺が設定温度をこれでもかと下げていたから。
「…寒い」
狙い通りぽつりと呟かれた声にひどく満たされた。
わざとらしいだろうかと思いながら、腕を広げて可愛い存在を迎え入れる。
「んー?おいで」
近づいてきた身体をふわりと引き寄せたが、抵抗はない。
むしろ、ほっとしたようにもたれかかってくるのが可愛くて可愛くて仕方ない。
「ほんとに冷房強すぎ」
「えー、そう?俺、暑がりなんだよね」
志摩が甘えてくれるのが嬉しくて、なんて言ったらきっと離れてしまうだろう。
恋人になってからもスキンシップ控えめな志摩が自分から抱きついてくれるのは、こんなときくらい。
「いぶき、」
「なぁに」
「あったかいから、このまま」
いつもよりゆったりした声に愛しさで胸がいっぱいになる。
ふわふわの髪の毛を指で遊んでみる。
「ふふ、眠いの?志摩ちゃん」
「…少し」
「寝ていいよ、このままあったかいままにしてあげる」
「いぶきは」
「俺はいい。志摩の寝顔見てる方が幸せだから」
そう伝えて、志摩の額にそっとキスを落とした。
じっとしているのは苦手だけど、好きな人の顔は何時間だって眺めていられる。
休みのたびに俺はまた、わざと冷房を強くして、志摩が寒いと小さな声で寄ってくるのを待つ。
その愛しい瞬間のためだけに。
side.s
部屋の中は、いつもよりもずっと冷えている。
エアコンの表示をちらりと見れば、設定温度は19度。
休日だけおかしくなっている数字に、やっぱりわざとだと確信する。
おれは小さく笑って、毛布にくるまるふりをした。
わざとらしいのは、自分だって同じだ。
寒さだって正直そこまでじゃないけれど、そのおかげであの腕の中に飛び込むことができる。
「…寒い」
いかにもという感じで、わざと声を震わせてみる。
伊吹はすぐにスマホを放り出して、待ってましたと言わんばかりに腕を広げた。
「んー?おいで」
たったそれだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
おれは、平然を装い、心の中では嬉しくてたまらないまま大人しくその腕の中へ潜り込んだ。
「ほんとに冷房強すぎ」
「えー、そう?俺、暑がりなんだよね」
本当はおれより寒がりなくせに。
こうしてわざと寒くして、おれが寄っていくのを待ってるのを知ってる。
ちょっと前までは気づいていなかったし、気づいたからといってわざわざ指摘することもしない。
だって、甘える口実ができるから正直助かってる。
こうでもしないと、なかなか自分からは抱きつけないしさみしいなんて言えない。
だから、こうして冷房のせいにして甘えられるのはありがたくて、嬉しくて。
「いぶき、」
「なぁに」
「あったかいから、このまま」
伊吹の腕が、ぎゅっと俺を包む。
耳元で聞こえる声が、なんとも優しくて心地いい。
「ふふ、眠いの?志摩ちゃん」
「…少し」
「寝ていいよ、このままあったかいままにしてあげる」
「いぶきは」
「俺はいい。志摩の寝顔見てる方が幸せだから」
そんなことを言われたら、顔を上げるのも目を合わせるのも恥ずかしくて、そっと伊吹の服を握った。
冷たい部屋の中、俺だけがあたたかい。
わざとでもいい。
おれの好きな人が、おれを求めてくれるなら。
