ノーマル
付き合いはじめて、ようやく恋人という言葉に慣れはじめた頃だった。
ふとした瞬間、伊吹の耳たぶに小さな穴を見つけた。
ただの相棒だったときは気づかなかったのに、距離が違うとこんなに些細なものが見えるものなのかと、少し不思議な気持ちでそっと指先を伸ばす。
「…志摩?」
すりすりと耳朶を優しく挟んで親指で撫ぜる。
伊吹が少しくすぐったそうに肩をすくめたのがわかった。
「ピアス、開いてたんだな」
「若気の至りでね〜」
その声は、なんだか照れくさそうで。
もう一度、指の腹でその小さな穴に触れた。
「…志摩も、開ける?」
どうせお決まりの文言で断られるだろうと思いながらの提案。
けれど、志摩は少し黙って視線を落としたままでいる。
「…ん?」
呼びかけると、志摩はゆっくりと顔を上げた。
少しだけ不安そうに揺れる瞳で、だけどその奥には何か決意のようなものも潜んでいて。
「…おまえに、開けてほしい」
「へ」
「自分の身体に穴を開けるとか、考えたことなかったし…だけど…伊吹だから、伊吹になら、って……その、伊吹がしてくれたら、消えないプレゼントみたいで、その、愛されてるみたいだなって…」
その言葉に、胸はぐんと高鳴った。
滅多に感情を言葉にしない志摩が、恥ずかしそうにまっすぐに想いを差し出してくれる。
そんなもの、断れるわけがない。
「ん〜もうかわいすぎるよ、志摩ちゃん」
「重い、よな…ごめん、あの」
「そんなこと言ってないでしょ?俺がちゃんと綺麗に開けてあげる」
そんな会話をして、速攻でピアッサーをポチッたら翌日には届いていた。
少し緊張したように目を閉じた志摩。
耳たぶに口づけを落として、もう一度問う。
「本当に、いいの?」
「あいして」
小さな声は甘えたように揺れる響きで、胸が苦しいくらいに愛おしい。
耳たぶに、消毒をしてから優しく針を刺す。
少し大きな音がして、少しだけ顔をしかめた志摩のおでこに軽いキスをした。
「おーわり、痛かった?」
「ん、へーき…ありがと」
手早く処置を済ませて鏡を差し出すと、志摩は少し緊張した様子で覗き込む。
耳についた小さなピアスを見た瞬間、ふわりとまるで子供みたいに表情を綻ばせた。
「…いぶきと、おんなじ場所」
その顔が愛しくて愛しくて、志摩を抱きしめる。
志摩はただ目を細めて、甘えたように俺の胸に頬を寄せた。
このささやかな印。
それはふたりだけの、小さな秘密になった。
