ノーマル
事後の静けさが、じわじわと肌に沈んでいく。
今日は幾分か余韻を残したゆったりとした快楽で、志摩も意識がある状態だった。
「志摩はさ、男とヤッたことあるじゃん」
ひどく甘ったるい空気の中で、その言葉だけが少しだけ冷えている。
せっかく心地よい雰囲気だったのに何を言い出すんだと、志摩は眉を動かした。
「女ともあるでしょ」
「んー」
「キスもエッチも、俺が初めてじゃない」
そこでようやく、志摩は伊吹の顔を見つめ直した。
暗がりの中で拗ねきった気配だけがくっきりと伝わってくる。
「…過去は変えられない」
「…うん」
責めるでもなくそう伝える。
志摩はそれ以上のことを言うつもりはなかったのに、伊吹はすぐに重ねるように声を落とした。
「でも、それでも志摩のはじめてがよかった、志摩の特別がよかった」
「特別だよ、おまえは」
「んぐ、嬉しい…けど違うもん…はじめてって特別じゃん、忘れないじゃん」
どう考えても仕事と自分どっちが大事なのかと問うてきた元カノ以上に面倒くさい。
それなのに、あのときとは違ってどこか嬉しいような気さえする。
「…朝」
「うん?」
「朝、隣に人がいて幸せだと思ったのはお前が初めてだ」
たしかに経験はあった。
男でも女でも、身体を重ねることに迷いはなかった。
ただ、それは欲の発散だったり、ことを優位に運ぶための妥協だったり。
淡々とした行為の延長でしかなく、満たされるような朝は一度もなかった。
むしろ、朝から他人と同じ空間にいるのは苦痛ですらあった。それなのに。
「朝起きて、隣にお前がいてくれることが幸せで、姿がないと少しだけ不安になる」
普段からジョギングに行ったりする伊吹のほうが起きるのは早い。
ウフフの翌日は朝食の準備に洗濯に、至れり尽くせりで感謝している。
不満なんかあるはずなくて、それなのに寂しいと感じてしまうのだから、己の自分勝手さに呆れてしまう。
「なんでいないんだろうって探してる自分に気づく」
伊吹が息をのむ気配が伝わり、じっと大人しくしている忠犬に志摩の口角が上がる。
そして、お利口なわんこにはご褒美をやらねばならないと思い、さらに続けた。
「おはようの四文字がくすぐったいと思ったのも初めて。おやすみとかおかえりとか、そういう言葉が全部、大事な時間だと思ったのはお前が初めてだな」
「志摩」
「あとそれも」
「…なに」
「名前、呼ばれて嬉しくなんのも初めて」
伊吹は言葉を失い、堪えきれずに両手で顔を覆った。
志摩はその様子に小さく笑う。
「ふは、可愛いなお前…ちなみに誰かを可愛いと思うのも初めてだぞ。よかったな、初めてづくしだ」
「…歴代彼女に呪われそう」
羞恥をごまかすような声で伊吹が言い、志摩はついに声を出して笑った。
甘い余韻はどこにいったのか。
しかし、こんなにも愛おしい時間は初めてだとお互いが思っていた。
今日は幾分か余韻を残したゆったりとした快楽で、志摩も意識がある状態だった。
「志摩はさ、男とヤッたことあるじゃん」
ひどく甘ったるい空気の中で、その言葉だけが少しだけ冷えている。
せっかく心地よい雰囲気だったのに何を言い出すんだと、志摩は眉を動かした。
「女ともあるでしょ」
「んー」
「キスもエッチも、俺が初めてじゃない」
そこでようやく、志摩は伊吹の顔を見つめ直した。
暗がりの中で拗ねきった気配だけがくっきりと伝わってくる。
「…過去は変えられない」
「…うん」
責めるでもなくそう伝える。
志摩はそれ以上のことを言うつもりはなかったのに、伊吹はすぐに重ねるように声を落とした。
「でも、それでも志摩のはじめてがよかった、志摩の特別がよかった」
「特別だよ、おまえは」
「んぐ、嬉しい…けど違うもん…はじめてって特別じゃん、忘れないじゃん」
どう考えても仕事と自分どっちが大事なのかと問うてきた元カノ以上に面倒くさい。
それなのに、あのときとは違ってどこか嬉しいような気さえする。
「…朝」
「うん?」
「朝、隣に人がいて幸せだと思ったのはお前が初めてだ」
たしかに経験はあった。
男でも女でも、身体を重ねることに迷いはなかった。
ただ、それは欲の発散だったり、ことを優位に運ぶための妥協だったり。
淡々とした行為の延長でしかなく、満たされるような朝は一度もなかった。
むしろ、朝から他人と同じ空間にいるのは苦痛ですらあった。それなのに。
「朝起きて、隣にお前がいてくれることが幸せで、姿がないと少しだけ不安になる」
普段からジョギングに行ったりする伊吹のほうが起きるのは早い。
ウフフの翌日は朝食の準備に洗濯に、至れり尽くせりで感謝している。
不満なんかあるはずなくて、それなのに寂しいと感じてしまうのだから、己の自分勝手さに呆れてしまう。
「なんでいないんだろうって探してる自分に気づく」
伊吹が息をのむ気配が伝わり、じっと大人しくしている忠犬に志摩の口角が上がる。
そして、お利口なわんこにはご褒美をやらねばならないと思い、さらに続けた。
「おはようの四文字がくすぐったいと思ったのも初めて。おやすみとかおかえりとか、そういう言葉が全部、大事な時間だと思ったのはお前が初めてだな」
「志摩」
「あとそれも」
「…なに」
「名前、呼ばれて嬉しくなんのも初めて」
伊吹は言葉を失い、堪えきれずに両手で顔を覆った。
志摩はその様子に小さく笑う。
「ふは、可愛いなお前…ちなみに誰かを可愛いと思うのも初めてだぞ。よかったな、初めてづくしだ」
「…歴代彼女に呪われそう」
羞恥をごまかすような声で伊吹が言い、志摩はついに声を出して笑った。
甘い余韻はどこにいったのか。
しかし、こんなにも愛おしい時間は初めてだとお互いが思っていた。
