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ノーマル


間接照明が机の上にやわらかい影を落とす。
リーズナブルではあるけれど、いつもの居酒屋とは違う雰囲気で、志摩さんがサシ飲みに誘ってくれるときは、こんなお店の個室が多い。

「同棲とか絶対ないから」

俺はグラスを口に運びながら、生返事をする。
この話題は今日に限らず幾度も繰り返されており、正直まだ同棲していなかったのかと思ったくらいだった。

「休日まであいつの顔見たくないし」
「はいはい」
「24時間勤務したあとまだ一緒ってあり得ないだろ」

何度も聞いた台詞だけれど、それが本心じゃないことを知っている。
だらしがないところを見せたくないし、面倒な性格で煩わせるのも、それを理由に嫌われるのも耐えられない。
この間ポロリとこぼした本音。
素直に言わないのが志摩さんらしいが、果たしてあの伊吹さんが嫌いになることなんてあるのだろうか。

「でも休日も会ってますよね」
「…まぁ、休日会うのと、一緒に住むのじゃ話が違うだろ?」

言わんとすることは理解できる。
しかし、伊吹さんからデートだっただのお泊まりしちゃっただのと毎週連絡がきている以上。
志摩の下着干しちゃったなどとセクハラ紛いの報告を受けている身からすると、あまり変わらないのではないかと思う。

「それに別れる気もないんですよね」
「おれが嫌われるまで、もうちょっと夢見ていたいんだよ…自分勝手なんだよおれは…」

そろそろ止めないとと思っていた矢先、グラスの中身を一気にあおってしまった。
そのまま、カウンターに突っ伏す姿にため息を吐く。

『もしもし、迎えに来てもらえますか?』

十分ほどして、入ってきたのは伊吹さん。
走ってきたのか肩で息をしながらも、表情はどこか楽しげだ。

「ありがと、呼んでくれて」
「いえ、あとは任せます」
「一杯俺とも飲もうよ」
「…じゃあ一杯だけ」

そう言って、俺は再び腰を下ろした。
伊吹さんは当たり前に志摩さんの隣で、眠ったその横顔に吸い寄せられるように目を奪われている。

「ほんと可愛いよね、志摩って」
「飽きないですね、伊吹さんも」
「なんか言ってた?」
「嫌われるまでは夢を見ていたい、と」
「もう嫌えるわけないのにねぇ」

囁くようにこぼされたその言葉は相変わらず甘くて、けれどほんの少しだけ呆れが混じっているように感じた。
そんなことも知らず、志摩さんは重くなった体を完全に伊吹さんに預けている。
普段の警戒心のかけらもない、子どもみたいな無防備さ。

「いつかさ、許してくれるって信じてんの…どんな志摩も俺になら見せていいって…伊吹はおれのこと大好きだからさぁって言えるくらいわからせてやんの」

志摩さんを見つめる伊吹さんの瞳は、どこまでも慈しみに溢れている。
嫌われたくないと志摩さんは言うけれど、多分来世になってもそんな日はこないですよ。
そう思いながら、俺は最後の一口を飲み干した。
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