ノーマル
分駐所でソファの端にひとり座っている志摩。
俺の存在に気づくと、ふいに左手で空いているソファのスペースを軽く叩いた。
言葉はないけれど、俺はその合図に反応して座れの意味だと解釈する。
「なぁに、志摩ちゃん」
隣に腰を下ろすと座面が少し沈む。
そのまま、志摩が横から抱きついてくるから思わず息が止まった。
体温が、重さが、服越しに伝わってきて、いつもよりずっと近くに感じる。
そんな俺とは対照に、抱きついてきた本人はまるで何も意図していないように、リラックスした様子で静かに呼吸しているだけだった。
「…どうしたの」
「ハグはストレス軽減にいいらしい」
志摩は顔を上げないまま、少し遅れてぽつりと呟いた。
その一言だけで、また沈黙が戻る。
「…それ、みんなにやってる?」
我慢できず勝手に口をついて出たのは、自分でも呆れてしまうような声だった。
どこか拗ねていて、情けなくて、余裕がなくて。
志摩の身体がほんの少し動いて、目だけがこっちに向けられた。
「ストレス軽減とか言ってさ、他の人にも抱きついたりするの?」
みっともない子どもみたいな感情が抑えきれない。
ただの相棒にこんなこと言われても迷惑だと、呆れられるだけだと、そうわかっているのに止まらない。
「してない…おまえにしか、してない」
志摩は数秒黙ったあと、そう言った。
淡々としているのに、疑いようのない真っ直ぐさが逆に困る。
何の含みもないもない言葉が妙に響いた。
「なんで?」
期待なんてしちゃいけないのに思わず訊いてしまう。
志摩のちょっとだけ首を傾ける仕草に、ほんの少しの困惑が滲んで見えた気がした。
「相棒だし…嫌だったか、悪い」
「嫌じゃないよ!嫌じゃない、もっとしよ?ストレス軽減だいじー、ね?」
離れそうになった存在を繋ぎ止めるように急いで言葉を重ねた。
それが功をなして、いつもの調子の俺に安心してくれたのか、志摩はまた身体を預けて目を閉じる。
志摩の行動はきっと、理屈でも計算でもなく、当たり前に下心もなく。
ただそんな豆知識をどこからか仕入れて、ただ近くにいたのが相棒の俺だった。
ただそれだけのこと。
嬉しくて苦しくて、わけがわからなくなる。
志摩の感情が読めなくて、自分の気持ちばかりが先走っていく。
どれくらい時間が経っただろう。
志摩の手が離れる気配はなくて、俺も動く理由を見失っていた。
こんなのただのハグなのに、自分の心臓の音だけが妙にうるさい。
だめだな、って思う。
俺は、志摩のことが好きだ。
嫌でも自覚してしまう。
それなのに、志摩は変わらず穏やかな表情を浮かべている。
俺ばっかりが、勝手にぐらぐらしてる気がした。
