ノーマル
雨が地面にぶつかって、激しい音を響かせていた。
今週はずっと機嫌が悪いみたいな空が続いている。
おかげで最近は、思い切り走ることも志摩とのお出かけデートもできていない。
「ねぇねぇ」
声をかけると、隣にいた志摩は本の世界から顔を上げて、俺のほうに視線を向けてくれる。
耳を貸すだけじゃなくて、当たり前みたいに目を見てくれるところが好き。
「雨もう飽きない?ずっと降ってるし、つまんない…晴れろって言ったらパッて晴れたりしないかな」
「しないだろ」
予想どおりの現実的な反応。
でもその声はほんのり笑っていて、それだけで俺の心は少し晴れた。
「じゃあさ、雨の代わりに飴とか降ってきたらいいのに。カラフルなやつ。ベランダいっぱいに転がってさ、ひとつずつ味違って。選ぶの楽しそうじゃない?」
「子どもか」
呆れた様子だけれど、決して冷たいものじゃなかった。俺のくだらない妄想なんて、本来なら一蹴してもおかしくないのに志摩はそれをしない。
否定も拒絶もせずに、ちゃんと受け止めてくれる。
だからつい、普段なら喉の奥に留めてしまうような話も喋りたくなってしまう。
「えー、じゃあ志摩は?雨の代わりに何が降ってきたら嬉しい?」
「何が降っても困るだろ、掃除とか」
「んもー志摩ちゃん真面目…そういう話じゃないでしょ?夢のある話しようよ、夢の!」
軽い口調でごねる俺に反して、志摩は考えているのか黙り込んでしまった。小さく唸って、また黙る。
真剣な話ではないのにちゃんと向き合ってくれるところも可愛くて、つい口元が緩んでしまう。
「ほらほら、何がいいの?」
少しして志摩は、ゆっくりと本を閉じて右手を離すと、人差し指で俺の唇に触れた。
ほんのかすかな接触。
けれど、流れる空気が一瞬止まったように感じる。
「…ふふ、なぁに?」
息の中に甘さが混じっていたのは、好きな人が触れてくれたせいだろうか。
柔らかく問いかけると、志摩の睫毛がわずかに揺れて、視線が自分から離れた。
「…雨の数だけ」
少しだけ震えた声。
それから、ほんのすこしためらうような間があった。
志摩は簡単に口にしない。
俺なんかに対してもたくさん考えて話してくれる。
だからこそ、志摩の空白や言葉を大事に大事にしたいと思う。
「…キスが降ってきたら、幸せかもしれないって、思っただけ…」
静かな声が耳の奥にやわらかく滲む。
あまりにも思いがけない言葉に、脳内の処理が追いつかなかった。
言葉の意味が雨のようにじわじわと染み込んで、心の奥がじんわり熱くなる。
たまらなくなり、そっと志摩の指先に唇を寄せて軽く吸い上げるようにキスをした。
「じゃあ、雨降ってる間ずっとキスしてていい?」
「…ばか」
志摩が放った二文字は、何かを期待しているかのように甘かった。外の雨はまだやまず、窓の向こうは無数の雫が降り続けている。まるで、どこまでも果てなくキスが降り続くかのように。うんざりしていた雨も、いまは悪くないと思えた。
